大丈夫…

 ずっと闇の中で生きてきた。暗くて自分の道すら分からない暗闇の中、だけどそんな私を救ってくれたのは、主様だった。

 だから私はあのお方の役に立ちたいんだ。



 夏祭りに向かうために浴衣に着替え、応接間に向かうと、見知らぬ黒マントにポニーテールの女性と妖王様が楽しそうにお話をしていた。

「妖王様!…その方は?」

「やぁ九紫楼、彼女は大鴉の春雨。僕の古い友人だ。」

「へぇ…、てっきり愛妖だと思った。」

「えっ!?ははっ…そんなのありえない。僕はこれでも真面目な一途な鬼だ!」

「ふっ、はははっ…この鬼の愛人なんてごめんだな。クスッ」

「えぇ〜、何でですか?凄くお似合いだと思いますよ?」

「クスッ、悪いけどそれはありえないよ。第一に、こいつは私の親友の物だ。もしコイツと結ばれれでもしたら呪われる。第二に、私は一つの場所に留まれない質だ。つまり結婚に向かないんだ。」

「へぇ〜、美女なのにもったいないな」

「まあ、結婚なんて本人の自由だからね」

いつの間にか、私の隣にやって来た水無月と愛音が話しに入って来た。

「ふふっ、まあ、三人とも宜しく」

「「「こちらこそ」」」

女子四人でクスッと笑いあった。

「あっ!そうだ春雨、これから夏祭りに行くんだが、君もどうだい?」

「勿論そのつもりさ!さっきから行きたくてうずうずしていていたよ!」

春雨さんはそう言うと腰元から巻き物を取り出し、何か呪文を唱えたと思うと、一瞬で浴衣に早着替えした。

「えっ?今何が?」

「ふふっ、変化の術。いろんな世界で商売している都合上、こういう変化の術が得意なんだ!」

「便利ですね!」

「まあね〜」

「二人とも何やってるの?早く早く!」

「早くしないと置いていっちゃうよ」

妖王様と愛音が、ドアの近くで待ちきれないと言うように、キラキラした目で私達を急かす。その横で、扇子で口元を隠している水無月も、早く行きたいと言うように瑠璃色の綺麗な瞳でこちらを見ている。

「は〜い、今いくよ!」

「待たせてごめん!」

私達は急いで三人に合流した。



 妖都の城下町で行われている夏祭りは、隠世で最も大きい祭りらしく、隠世中からあやかしが集まって来て、妖都がいつも以上に賑わいを見せていた。


 私達を乗せた宙舟は、城下町の宙船の停船場に停まり。私達は舟から降りて城下町の大通りに向かった。

「うわ〜、妖火と提灯が空にいっぱい!」

「流石大きな祭りだけあって、いろんなあやかしがいるわね。」

「子ども達が楽しそうで微笑ましい」

「皆、迷子にならないように僕の側から離れないように」

「「「「は〜い!」」」」


 私達はゴールの山頂の神社に向かって坂を登りながら、焼きイカやりんご飴、たい焼きなどの屋台の食べ歩きを楽しんだ。妖王様が普通に歩いているせいか、道行くあやかし達が皆こちらを見て驚いた顔で立ち止まっていた。私達はそれをクスクス笑いながら、妖王様からはぐれないように小走りでついていった。


 神社での参拝を終えた後、花火を境内の展望台から見て、宙舟に戻ろうと坂を下り始めた頃、突然何処からか綺麗な笛の音が聞こえてきた。それと同時に黒い雲が空を覆い隠し、ゲリラ豪雨と雷が鳴り響き、さっきまで賑わっていた通りをあやかし達が逃げ惑う。

そしてその中に、私は桃色の髪の笛を吹く鬼の少女の姿を見つけた。

 その子はカラン、カラン、と嫌に耳につく下駄の音を鳴らして、真っ直ぐこちらに歩いてくる。それと同時に、少女の影から地獄の鬼のような見た目の恐ろしい鬼たちが出てくる。

「…これは、まずいかも」

「えっ…鬼神様?」

「九紫楼、皆こっち!」

「春雨!よしお前たち、春雨に続け!護兵は援護をしながらついて来い!」

「「はっ!」」


 私達は狭い路地をいくつも使って宙舟に向かって坂を下っていく。その途中、何度も鬼が襲って来たが、鬼神様、水無月、愛音達が退治してくれた。

 数分後、ようやく宙舟が見えてきた。まだ危機を脱したわけではないが、私の心は何処か安心した。けれど、そんな心を打ち砕くように、目の前から歩いてくる鬼の少女を見つけてしまった。春雨さんもそれに気づいて、私の手を強く引っ張って左折した。


 けれどそこは行き止まりだった。カラン、カランとあの下駄の音が近づいてくる。冷たい雨が頭上に降り注いできて肌寒い。雷が私達を囲むように近くに落雷する。

(…もうダメだ。)

「…仕方がないかな?」

「ああ、準備はいいぜ!」

「ええ勿論、戦う気満々です。」

「春雨」

「いつでもOKだよ!」

「えっ…何?皆?」

「九紫楼行くよ」

「えっ?何処に?皆は?」

「九紫楼!気にすんな!私達は大丈夫だから」

「九紫楼、春雨さん、健闘を祈ります。」

「九紫楼…僕らは大丈夫。僕らは君を、また必ず見つけ出すから。だから君は…どうか逃げ延びてくれ」

「えっ?どういう事なの…」

「これは…君との約束の続きだよ千」

そう鬼神様が耳元で呟いた後、私は春雨さんに引っ張られるままに地面に落下していった。



 気がつくと、そこはあやかし神社の展望台だった。だけど、下から激しい金属音とあやかしたちの悲鳴の声が聞こえてきた。

 急いで下を見ると、神社がお面をつけた謎の生物に襲われていた。神社の本堂と家の屋根からは火が上がり、あやかし達が倒れ、子ども達が泣いているのがここからでもすぐ分かった。私は居ても立ってもいられず、すぐ神社に向かおうとした。けれど、誰かに手を強く引っ張られた。振り向くと、そこには何も言わずに首を振っている春雨さんが居た。

「そんな…どうして…です…か?」

「今は…言えない。けれど、君をあそこに行かせるわけには行かないんだ…すまない」

「何で…ですか?どうして!」

「「九紫楼様!」」

「桜!銀!二人とも無事だったんだ!ねぇ、これはどういう事なの?」

「これは…あっ、春雨様!ご無事だったのですね!」

桜も、どうしてもその話をしたくないようで、わざと春雨に気づいたふりをして、話をはぐらかした。

「やあ二人とも、久しぶりだね!」

「はい、ところで春雨様、例のものは?」

「ああ、大丈夫。…さて九紫楼、私は君にこれを渡さなければならない物がある。」

そう言って春雨さんが首元から取り出したのは、鍵だった。

「これは、昔、私の唯一の親友から預かった物だ。たぶん、これを私は、今君に渡すべき物なんだと思う。だから、どうか受け取ってくれ九紫楼さん」

そして彼女は、それを大切そうに私の首にかけた。だがそれが春雨さんの手から離れた瞬間、鍵が急に発光し、私は眩しい光に包まれて目をつむってしまった。

 

 光がおさまってゆっくりと目を開けると、三人が目を見開いて固まっていた。それと同時に、服がさっきより重く感じ、下を見てみた。すると、私は、さっきまで来ていた浴衣ではなく、なぜか紅葉の打掛の壺装束姿だった。そのついでに、肩から垂れている自分の髪を見ると、綺麗な白銀に染まり、下のほうが少し紫から桃色にグラデーションしていた。頭を探ってみると、どうやら腰まである髪をハーフアップでまとめているようだ。

「これは…いったい?」

「「「千姫様!」」」

三人はそう言うと、私の目の前で伏して、着物の裾で顔を隠し始めた。すると、私の口が勝手に開き始めた。

「銀次、桜紅葉、春雨様、お久しぶりですね。…ですが、私は意識はそれほど長くは保ちません。だから、単刀直入に申します。どうか、九紫楼を護って下さい。」

「「「はっ!」」」

「…九紫楼さん、混乱させてしまい申し訳ありません。ですが、時が来れば必ず会えます。だから、それまで私の秘密をお願いしますね。」

そう言うと、千姫様は私の中に消えていき、私の意識も元に戻った。

「あっ…えっと…何が起こったの?」

「「「変化」」」

そう言うと三人は光に包まれて、銀は私の姿を隠す白いマントに、桜はイヤリングとして私の左耳に、春雨さんは大きな烏の姿に変身した。そんな三人に対して私は、もう何がなんやらでさっきから頭の中がパニック状態。どうして良いかわからず放心状態で突っ立っていた。

 すると、あの笛の音が聞こえてきた。バッと振り返ると、笛を吹く桃色の髪の少女が歩いて来ていた。そして少女は、私の前まで来ると笛を吹くのをやめて、こちらにお辞儀をした。

「お初にお目にかかります千姫様。私は鬼女神楽と言います。早速ですが…私は主様の命に従って、貴方を殺します。どうかお許しください。」

そう言うと、彼女は取り出した刀で私を殺そうとしてきた。だが、私に剣が振り下ろされる瞬間、それを止める者がいた。

「いやいや困るよ〜神楽ちゃん」

「チッ、なんですか先輩?」

 そう言って、神楽が頭上を見上げたので、つられて上を見ると、先ほど神楽に先輩と呼ばれた人物、頭上にぷかぷか浮かぶ青年と言った風貌の者は、以前私を襲ってきた奴だった。

 そいつは、ゆっくりと降下し、神楽の隣に立つと、彼女に一発軽くゲンコツをした。

「いった!何するんですか!」

「君、主様に絶対の忠誠を誓うのはいいけど

、主様の命令ちゃんと聞いてた?主様は姫様を生け捕りにして連れて来いって言われたんだよ」

「そんなの分かっています。しかし、この女は主様の障害です。早めに始末しておくのが妥当だと私は思います。」

そこまで言って、神楽はもう一発ゲンコツを受けた。

「いった…なぜですか?」

「こらこら勝手に決めないの。姫様をどうするかは主様の自由。僕らが勝手に殺していいものではないの」

「ですが…」

「ですがも何もない。我々は主様の命令に従うのみなの!我々の任務は姫を生きて連れて帰ること、分かった?」

「嫌です」

「はぁ…君ってホント変なところで曲がっているよね。取り敢えず…」


「九紫楼様」

「は、はい」

二人のやり取りをじっと見ていたせいか、急に桜に呼ばれて声が裏返ってしまった。

「九紫楼、早く春雨様に乗られてください。事情は後ほど説明しますので」

「はい!」

私は急いで桜に言われるがままに春雨さんに乗った。そして春雨さんは、私が乗ったのを確認すると、すぐにまた、神隠しの技で逃走した。



「あっ!ちょっと…」

「…先輩、どうするのですか?」

「う〜ん?取り敢えず、甘いもの買って帰ろっか」

「いいえ、その必要はありません」

「あっ!執事君!」

「で、主様は何と?」

「二人とも、今すぐに帰還せよと、千姫を捕まえるのは、また今度の機会でも良いとおっしゃられていました。」

「ふぅ…それなら良かった」

「早く、主様に会いたいです。」

「では、人形達をさっさと片付けて帰りますよ」

「はいは〜い!よっと♪…ふふっ、執事君、下を見てご覧、本当に現世のあやかしって、ひ弱だよね〜」

「ええ、そうですね。…では、二人とも帰りますよ」

「クスクス…ッ」


 












 



 

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