親友

「旅の君、もう行かれてしまうのですか?もう少し隠世でゆっくりなされれば良いのに」

 月光の美しい夜、こっそりと城を抜け出して出て行こうとしていた私の背を、小さくも凛とした、優しい声が捕まえた。


「悪いですね妖王様、私はさすらいの旅人、一つの場所に長くても一週間しかとどまれない質なのです。だから、お許し下さい。」

 そう言って、振り向いた私の目の前に立っていた美しくも、儚げな少女は、この隠世の地の王、千姫様だった。

「そうですか…。ならば、私にはあなたを止める権限はありませんね。」

「妖王様、そう悲しい顔をなさらないで下さい。生きていれば、いつかはまた巡り会えます。それに、今度あった時は…そうですね。貴方とあの鬼神の子供、いえ、孫でもいいですが、会わせては頂けませんか?今度は沢山のおみやげを持って来ますから。」

「ふふっ、そうですね。そんな日が来てくれたら、どれほど良いのでしょう。…ねぇ、旅の君、貴方に預かって頂きたいものがあるのです。」

 そう言って、妖王様が決意を決めたような顔で首元から取り出したのは、黒曜石で出来た綺麗な鍵だった。

「鍵?妖王様、それは何の鍵なのですか?」

「それは秘密です。ただ、この鍵をあなたに預かっていてもらいたいのです。そして、私に再び会う日まで、守っていただきたいのです。」

「守る?」

 私は、妖王様の顔を見返した。そして、その言葉の意味を聞き返そうと思ったが、出る寸前のところで飲み込んだ。


「…そうですか。分かりました。私はこれでも商人、深入りは命取りになる仕事です。だから、あえて何も言わずにその鍵を受け取りましょう。ですが妖王様、本当に私で宜しいのですか?私は貴方に会ってまだ数日の得体の知れない旅人です。もしかしたら、あなたの命を狙う敵なのかも知れないですよ。」

「ええ、確かに私はあなたの事をよく知りたませんし、今でも得体の知れない旅の方です。でも、だからこそ、私は貴方にこれを託したいのです。深く関わってないからこそ託せれるのです。それに、私には分かります。あなたは敵ではない、信頼出来る私の親友です。だから、また逢う日まで、この鍵をお願出来ませんか?」

「…ふっ、ははっ、そこまで言われたら仕方がありませんね。貴方から預かった物、この私が親友として全力で守ります。だから、また会う日には、必ずあなたの子供似合わせてくださいね。約束ですよ。では、私はもう行きます。」


 私は、本来の姿になり、翼を広げて飛び立とうとした。だが、もう一度振り向いて彼女の顔をじっと眺め、言った。

「また会う日まで元気でね。千!」

 そう言うと私は、夜空へと黒い羽を羽ばたかして隠世を去った。


 


 私がその知らせを聞いたのは、千と別れて数日後の事だった。その時、私は現世でのんびり商売をしていた。だが、その知らせを聞いて急いで隠世に戻った。しかし、彼女の死に際には間に合わなかった。


 思えば、千は全て知っていた。私が去った後、何が起こるのか。自分がどうなってしまうのか。隠世の未来がどうなるのか。その全てをその黄金の瞳で見抜いていた。そして、だからこそ彼女は、この鍵を、出会って間もない私に託した。


 その意味をようやく理解した私は、彼女の"願い"の重さを知った。そして、だからこそ私は、これまで以上に各世を自由に旅するようにした。その場の気分で旅することで彼女の願いを叶えられるように





 そして今、私は、彼女とほんの一週間の時を過ごした思い出の地、妖都に帰ってきた。


「ただいま……ふぅ〜ん、今日は祭りか」


 あの日、私達が初めてあった世界は、あの頃より平和になり、幸せの香りに包まれていた。

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