月夜
ふと見上げた窓越しに霞んだ月を見て、私の心は一瞬のうちに奪われる。
雲と雲の間から除く、そのぼやけた月は、確かに霞んでるはずなのに、闇夜を黄金の光でしっかり照らしている。その美しさを見て、忙しい毎日に疲れ果てた私の心も、一瞬のうちに晴れやかになってしまった。
"まるであの御方の瞳のようだ"
私は、ふと懐かしき主を思い出し、「ふっ」と笑った。そしてまた、止まった歩みを動かす。
"ああ、あの人は、まだいつかの約束を覚えているだろうか?こんな醜い私とした、小さな小さな約束を"
そんな他所ごとを考たせいか、私は、前から来た何者かにぶつかって押し倒され、持っていた大量の書類や本は、美しいほど綺麗に宙をまい、散乱してしまった。
「いったたた…」
「ううっ…あっ!ゴメンなさい。ああっ、書類散乱させちった!本当にごめんなさい。今拾います。」
「おい君!拾わなくていいからその書類に気安く触るな!それは、妖王様に見せる大事な書類。君のような者がそう簡単に触れて良い代物ものではない!」
「ええっ…はい、ごめんなさい」
「はぁ〜、全く最近の若いものと言うのは、ちゃんと前も見ずに歩いて、注意力散漫でどうなっているのか…。まあ良い、ところで君、どこの所属だね。何故一人でこんな場所を歩いていたんだ?」
「はいっ!すいません!えっと、えっと迷子になってしまって、あの私、神藤 九紫楼と申します。人間です!」
「ああ、妖王様のおきゃ…くの…」
私は、そのどぎまぎとした挙動不審の人間の顔を初めて見て驚いた。先程、自分を神藤 九紫楼と言ったその者の顔は、あまりにあの御方の容姿に似ていたからだ。
(…どうして、いやだが、あの人は確かに死んだ。そうだ亡くなられたのだ。神藤殿は顔が似てるだけで、あの方とは違うんだ。)
そう自分に強く言い聞かせる。
「…あの、どうかされましたか?」
「いや、何でもない。ただぼうっとしていただけだ。それより、君は妖王様のお客人だね。先程は失礼な言い方をしてしまいすまない。他の二人は…いや、迷子だと言っていたな、私が客間まで案内しよう。」
「あっ、ありがとうございます!」
「いや、これも補佐官の役目だ。」
「あの」
「ああ、私の名前は月龍(ユエルン)と言う。これでも妖王の第一補佐官をしている者だ。まあ、もう会うことはないと思うが、よろしく頼む」
「はいっ、こっ、こちらこそ宜しくお願いします。あっ、あの月龍さんは、妖王様の第一補佐官なんですよね」
「そうだ。さっき名乗ったとおり第一補佐官だ。それがどうかしたか?」
「えっと、凄いなって思って…あっ、そうだ!妖王様って、月龍さんから見て妖王としてちゃんとやれていますか?」
「ふん、なぜ君がそのような質問をしてくるのか分からんが、妖王様は良くやっているとほうだと思う。君は知らないだろうが、先代妖王は凄い影響力を持つ偉大なお方だった。ただその方が…。死なれて、一番大変な後王についたあの御方は、それだけですごいプレッシャーだったと思う。何しろ、偉大な王の後というのは、誰もがその王の幻想を追いかけてしまうからな。だが、あの御方は自分なりのやり方で、時々泣き言を言いながら、隠世の為に努力し続けた。その姿は先代とは似ても似つかないが、それが良かったのだろう、今では皆に信頼され、応援されている良い王になったと私は思う。まあ、これを本人に直接言ったら調子に乗るから秘密だがな。」
「へぇ〜、それなら良かった!妖王様、ちゃんとやれてるのですね。嬉しいです。そして、月龍さん、ありがとうございます。」
「…ふっ、まあ、それが私のあやかしとしての性だからな」
「あやかしとしての性?月龍さんって何のあやかしなのですか?」
「白沢だ。あっ、客間に着いたな。では、私はここで」
「あっ、はい!仕事中ありがとうございました。」
「ふっ、では、隠世を楽しみたまえ。…だが、妖王様にあまり迷惑をかけないよう!あの方が倒れられると、一日の念密な予定が狂う。それは隠世を揺るがす大事件になる。だから気をつけ給え!」
「えっ、ええ…心得ておきます。」
「では、今度こそさよならだな」
「はい、ありがとうございました。」
そう言うと、彼女は客間に入っていった。
「あっ!九紫楼、どこいったいたの?心配したんだよ!」
「ごめんごめん、迷子になっちゃて、月龍さんって言う、妖王様の第一補佐官さんがね…」
ドアごしに聞こえてくる明るい声を聞いて、私はまた「ふっ」と笑ってしまう。
そして、私はまた、忙しい毎日の日常に戻っていった。
>>おまけ
「なあ月龍、お前さっき九紫楼に会ったんだってな。さっき兵士達が話しているのを聞いたんだ。」
「そうですが、それがどうしたと言うのです。そのような話を聞いている暇があったら、さっさとこの大量の書類を片付けてください。ただでさえ祭りの準備で忙しいというのに、人間のお客人まで呼んで…。とにかく、ちゃんとやるべき事はしっかりやってください。」
「はいはい、それは言われなくても分かっているよ。でも、月龍がやっと笑ったって聞いて、嬉しくってついね。これも、彼女を連れてきた僕のおか…げ…って、月龍ごめん。目が怖いよ。目にまじで光が灯ってないよ。仕事やるからその目、辞めてくれない?はい、すぐ書類に目通します。」
「ふん、さっさと仕事して下さい。」
「はい…クスッ」
「妖、王、様」
「はいはい」
全てはあの日の約束の為。現妖王様を支え、隠世を平和にするのが私の役目。
千様、どうか私達を見守っていて下さい。
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