思い出の場所
宙船の甲板に出ると風が気持ち良かった。隠世に合わせて鬼神様が用意してくださった着物の裾が、ハタハタと、私の気持ちに共鳴して揺れ動く。あっ、そんな私の前を火雀が二匹、楽しそうに戯れながら飛んでいった。すべてがゆっくり過ぎてとても気持ちがよい。そして、とても居心地がよくって、懐かしい。初めて来たはずなのに、不思議だな。
私達を乗せた船が向かうのは、隠世最大の鍾乳洞「湯川鍾乳洞」、鬼神様がそこでどうしても私達に見せたい景色があるらしい。私達は未知の土地という事もあって、朝からずっとワクワクが止まらなず、何かやっていない気持ちが抑えきれないから私は、甲板から外の景色を見て、愛音は二度寝して、水無月は…何かの儀式召喚の特訓をしていた。
「皆様、そろそろ高尾山につきます。着陸に備えて下さい」
「ふぅ…どんな景色が見れるかな?」
「九紫楼」
「は〜い」
鬼神様に呼ばれて、船内に戻った。
湯川鍾乳洞に入り口は、高尾山という山を少し登った岩穴の中にある。岩穴には御札と縄がつけられていて、ここが神聖な場所だと言うことを物語っていた。
私達は、冒険心を抑えながら、静かに鬼神様と護衛のあやかしについて行った。
いざ湯川鍾乳洞の中に入ってみると、妖火の光で、淡い紫色ライトアップされていて、天然の階段や田んぼなどがあり、地中の水が大きな川となって私達の横を流れていた。そして、私達の足元を照らすように、硝子の百合みたいな紫色の花が、ところどころに蛍みたいに光を発して咲いていた。
「鬼神様、これは何っていう花」
「ああ、久しぶりに見たな。九紫楼、この花には名前がないんだ。行きは確かに咲いているのに、帰りには消えている。不思議な花なんだ。だから、僕達は、"幽霊花"って呼んでいた。」
「幽霊花…へぇ〜面白いわね。」
私達は、お互いの顔を合わせてクスッと笑いあった。そして、再び歩き出した。
それからも、いろんな美しい光景を見た。
言葉で伝えるのは難しいが、イメージとしては、中国の広西チワン族自治区の漓江の風景みたいな美しい光景で、私達は見るもの全てに感動し、毎度心を奪われた。
そして、私達は、それから苔や水で滑りやすくなっている危険箇所を幾つも注意しながら通って、さらに地下奥深くに潜っていった。途中コウモリやハリネズミなど、ここで暮らす小動物達を見つけて、癒されながら、さらに一時間くらい進んでいった。
そして遂に、出口の光が見えてきたので覗き込んでみると、そこは広大な湿地草原だった。(※イメージはもののけ姫)
そこは空気が綺麗に透き通っていて、大きな大木と苔の床が広がっていて、とても神聖な感じだった。そして、私達個々の霊力が高まっているのを感じた。
「すぅ〜はぁー、ここ、とても空気が透き通っていて気持ちいい。それにとても綺麗だな」
“九紫楼”
「えっ⁉誰か呼んだ?」
“ここはダメ…逃げて”
「えっ⁉誰?」
私は急いで、キョロキョロと周りを見渡した。
遠くで、はしゃぐ愛音と水無月を見つけた。あと鍾乳洞の出口付近で、優しい眼差しで私達を見守る鬼神様が見えた。だが、いくら見回しても、声の主は見つからない。
私は何とも言えない不安な気持ちに襲われた。そして、梅雨のあの恐ろしい雨の日の事を思い出して、寒気で足が立ちすくんできた。
(ヤバイ…取り敢えず、鬼神様の側まで戻らなきゃ)
私は、一回息を整え、自分を励まして気持ちを落ち着かせるた後、鬼神様に心配をかけないように笑顔で側まで戻った。
「やあ九紫楼、ここはどうだい?」
「ええ、とても空気が透き通っていて気持ちいいわね。あととても綺麗ね。」
「そうだろ、ここは別名"神の住まう森"とも呼ばれるほど、霊力がとても高まる神聖な場所なんだ。九紫楼も自分の霊力が高まっているのを感じただろ?」
「ええ、感じたわ…あのね。鬼神様、私、さっき不思議な声を聞いたの!鈴のように細くて凛とした優しい声だったな」
「…多分それは、先代の声だね。ここはね、遠い昔に僕が、先代の妖王と初めて出会い、いつも密会をしていた場所なんだ。そして、彼女が眠る場所…」
鬼神様はそう言うと、私に遠い昔の隠世の昔話を聞かせ始めた。私は、切り株に座ってそれを黙って聞く。
今から千五百年以上前、この隠世には二つの勢力があった。一つはこの隠世に古くから住む刹鬼(邪鬼)の一族。もう一つは他の世界から来た先代妖王の一族だ。その二つの一族は、ちょうど陰と陽の関係で、長年ひどい戦争状態が続いていたらしい。そして、そんな二つの一族のそれぞれの時期当主が、鬼神様と先代様だったらしい。
そんな二人が初めて出会ったのは、まだそんな争いのことなどどうでもいい幼い頃だった。
ある日、鬼神様がたまたま見つけたこの場所で一人で遊んでいると、一人の女の子(先代)に出会った。二人はお互いの素性など知らず。ただ無邪気に遊んでいるうちにとても親しくなった。そして、そのまま成長していき、人間で言う17歳の時、初めて二人はお互いが敵同士だと知った。そしてその頃、現世からよく遊びに来ていたのがかの有名な安倍晴明だったらしい。
三人はこの秘密の森で話し合った末、先代と鬼神様が結婚の約束を結ぶ事で、隠世の戦いは終わらせた。そして、陽の一族であった先代が妖王になった事で、隠世を安定させたらしい。
それからも二人は、いつかの結婚のためにまずは隠世の皆を幸せにしようと、走り回っていた。だが、それを良しとはしなかった連中により先代妖王は死に、鬼神様が代わりの妖王になったらしい。
鬼神様はそう端的に、私に昔の事を教えてくれた。そして、少しの間、宙を仰いで静かに昔を懐かしみ、微笑んだかと思うと、私の方に向きなおして、ニコッと微笑み「城に帰ろっか」と言った。
城に帰るとすぐに、鬼神様は補佐官達に捕まって仕事に戻ってしまった。残された私達は、城をのんびり探検することにした。
だがしかし、探索して数分後、私は何とさっそく水無月達からはぐれて、迷子になってしまった。
一人不安になりながら暗い廊下を歩いていると、月に照らされた廊下の角で、突然目の前に出現した影と衝突した。
そして、鈍い衝突音と同時に、書類や本やらが宙に舞い上がった。
…続く
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