ある梅雨の日

 

 6月も中盤になる頃、季節は雨の続くジメジメとした季節、梅雨へと変わった。


 この季節になると、毎年何とも言えない複雑な気分に襲われる。多分この景色が原因なのだろうが、どこかで感じた切なさに胸を締め付けられる。 

 そんな他所ごとを考えながら掃除の手を止めていると、天兄が側に寄ってきた。


「お勤めご苦労さん。それにしても、ジメジメして嫌な季節だね。」

「うん、梅雨だから仕方ないけど、なんだかソワソワして落ち着かないな〜」

「うん、そうだね。ところで九紫楼、単刀直入で悪いけど、今からお使いを任せられないかな?今日、昼間に突然来客が来る事になったんだが、その席で出す和菓子を買いに行ってきて欲しいんだ。」

「うん、良いわよ。こんな雨じゃ、やる事もなくて暇だしね。」

「本当かい?ありがとう。助かるよ。あっ、そうだ九紫楼、今日は来客の準備で桜と銀はついて行けないからね。」

「えっ?じゃあ、実質私一人なの?まあ、和菓子屋はいつもの学校に行く道の途中だから問題ないはずよね。うん、大丈夫だよ。」

「…あっそうだ!九紫楼、もし何かあったら、この紙を天に掲げて"解"といいうと良いよ。この紙には僕の式神が封印されているから必ず君を助けてくれるはずだ。」

「うん、ありがとう天兄。じゃあ、行ってくるね」

「あっ!事故には気をつけてよ。もし九紫楼が死んでしまったら僕が姉さんに呪われてしまう。姉さんはホント怖かいからな…。」

「ふふっ、はいはい気をつけます。じゃ、行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃい」


 

 神社から出発した私は、まずバス停から街へと向かって、学校の近くの商店街で来賓用の和菓子と今晩のおかずを買った。その後、本屋で少し立ち読みて、11時を過ぎた頃、帰ろうとバス停に向かっていると、突然どしゃ降りの雨と雷が鳴り始めた。


 私は運良くバス停の近くに居たので、急いでバス停に避難した。

 そして雨を見ながらバスを待っていると、隣に若い二十代くらいの男性が座った。

「いや〜、急にどしゃ降りになって大変でしたね。お嬢さんはお遣いの帰りですか?」

「ええ、まあ、そうですけど」

「じゃ、ここで出会えたのは奇跡かな?」

「…?」

「そうそう僕、この近所で図書館の司書をやっている名取って言うんですが、良ければ雨宿りに来ませんか?」

「いいえ、結構です。私、昼までに帰らないといけないので」

「残念だな…そうだ!図書館の地図渡しておくので、暇なときに友達と来て下さい。」

「…いちよ頂いておきます。」

警戒しつつ紙を貰うと、名取さんはニコッと笑った。私もいちよ笑い返す。

「…」

「…」

お互い見つめ合ったまま沈黙状態で、気まずい空気になった。

「あの…さっき、図書館の司書さんだって、言ってましたよね?」

「うん、もしかして来てくれる気になったかい?」

「いえ、本が好きなのかな?って思って」

「うん、好きだよ。まあ、主に古い呪術の本を読んでるんだけどね。」


ぬぬッ…


 その時、名取さんの後ろで何か黒い人形のような物体が動いたような気がした。

「へぇ〜、そうなんですか!」

「うん。それにしても、バス、なかなか来ないね。」

「そう…ですね」


ぬぬッ…


 またその何かが動いた気がした。

「はぁ…どうやら囲まれたみたいだね。ここもそろそろ危険かな?」

「あの…名取さん、何に囲まれたのですか?」

「えっ?囲まれた?何の事ですか九紫楼さん?それにしても、バス来ないですね。良ければ、僕の車で神社まで送りますよ!」

「………あの名取さん、どうして私の名前知っているんですか?私、名前教えてないはずなんですが?」

「あっ!しまった!」

私は急いでポケットから御札を取り出した。

「名取さん!ごめんなさい」

「 "解" 」

そう叫んだ瞬間、目の前に鬼娘と言った感じの鬼の少女が現れた。


「はじめまして九紫楼様、私は鬼娘の椿!天様の式神にして最強の鬼娘だよ!」

「はっ⁉えっ、いやはい、はじめまして九紫楼と申します。よろしくお願いします。」

「こちらこそです〜。それで九紫楼様?私は何を倒せばいいのですか?」

「えっと…取り敢えず、目の前の男の人をお願い!」

「えっ!九紫楼さん???ちょっと待って、取り敢えず説明させてくれないかな?」

「OK!よしお兄さん覚悟してね!あっ、そうだ九紫楼様は逃げて下さいね!」

「はっ、はい」

「九紫楼さん待って下さい。ちょ、ちょギャーーー!!!」

 後ろから名取さんの悲鳴が聞こえたが、私は取り敢えず、細道を使って商店街の方に走りだした。


 私は無我夢中で我武者羅に走った。

( 走れ走れ走れ…できるだけ遠くに、あの人より遠くに、椿が交戦している間に、できるだけ遠くに、とにかく逃げなきゃ、走れ走れ自分!)


"お姫ちゃん見〜つけた!"


「えっ⁉…何?誰かいるの?」

私は走るのを止めて周りを見わたしてみた。だが、私以外誰もいなかった。見えるのはどこまでも続く路地だけだった。

(あれ?気のせいかな?うん?ちょっと待って!私さっきもこの風景見たような!?…そうだ!とにかく今は全力で走らないと)

 私は再び走り出す。その後ろからさっきまで感じていなかった別の恐怖を感じた。

 

 とにかく私はひたすらに走った。何に追われているのか、どれくらい自分が走ったが分からまま、ただひたすら何かに捕まらないように走った。

(とにかく逃げなきゃ。誰か知り合いが気づいてくれるまで、逃げろ逃げろ自分…。)




 あれから何分走ったんだろう。私は酸素不足で足がふらつき始めた。

(もう限界、もうダメ、誰か、誰か助けて、皆!気づいて!)

「きゃっ!」

 私は遂に、足が絡まって地面に倒れこんでしまった。

 倒れ込んだあと一気に体の力が抜け落ち、私は体が動かない状況になってしまった。

 その時、背後から闇に引きずり込むような何かの気配を感じた。

(やばい、私の後ろに何かいる。さっきから体の震えが止まらない。このままでは凍死してしまいそうだ。)


ぬぬぅッ…ぬぬぅッ…

後ろからその得体の知れない何かが風を切手迫ってくる音が聞こえてきた。それが私の不安をさらに一層追い立てた。 

(やだ、私まだ死にたくないよ。折角皆に出会えたのに、安心できる我が家を見つけたのに…鬼神様、天兄、椿、私怖い。逃げたいよ。皆の所に早く帰りたい。…なのに、なのに私の体は少し体を動かす力すら入らない。誰か、誰か今すぐ助けて!)



 背後に何かが、忍び寄ってきているのを感じる。

(私はもう駄目なのかな?鬼神様、天兄、暁姐さん、皆!誰か…。)


 そう思っている間に、得体の知れない何かは私の足元まで迫って来て、足を止めた。

「ふぅ〜、やっと姫ちゃんに追いついた!いや〜姫ちゃんホント逃げ足早いね!まっ、僕から逃げられる者なんていないんだけどね。さてさて姫ちゃん、千姫ちゃん!僕と一緒に☓☓☓様の所に早く行こ!折角むかえにきてあげたのに邪魔者が入っては、元も子もないからね。さあ、千姫ちゃん行くよ!」

 そいつが私の動かない体を持ち上げようと、肩に手が触れる

(もう…駄目なの?)


"九紫楼、大丈夫ですよ"


(えっ…何?)

その瞬間、私は意識を失った。




 気がつくと、体が軽くなっていた。後ろを向くと、黒髪の17歳くらいの青年が倒れていた。

「えっ…何が?あっ、取り敢えずあの子を…」 

「うっ…いったたたた」

青年が意識を取り戻し、頭を擦りながら周りを見渡す。そして、こちらに気づくと、にんまりと不敵な笑顔を浮かべた

「…」

「やはり、ただでは捕まりませんか」

青年は意味深なセリフと共に立ち上がった。そして、後ろの壁からあの得体の知れない化け物が現れる。

 私は一歩後ろに下がった。


その時だった…


「九紫楼さ〜ん!」

「…あ〜ぁ、どうやら邪魔者が来たみたいだね!」

「ああ良かった。九紫楼さん、大丈夫?」

「うっ…」

「…そっか、九紫楼さん、さっきは悪かったね。説明は後で必ずする。だから、今は僕の後ろに隠れてて」

私は言われるがままに後ろに隠れる。

「悪いね青年、ここからは僕が相手をするよ」

「くっ、くくくく…悪いけどおじさん。僕は今日はもう帰らしてもらうよ。必要な情報は手に入れたし、新たな収穫もあったからね。あっ、そうだ!九紫楼ちゃん、今度は逃さないよ!じゃあ…」

「おいこら待て、お前をそう簡単に逃がしてやると思ってんのか?」

「ふっ、あなたには僕は捕まえられませんよ」

「雪音!」

「はい」

雪音と呼ばれた草薙さんの式神が、青年を鎌で切り裂こうとする。しかし、青年は闇の中に姿をくらまして、そのまま消えてしまった。


「クソっ、取り逃がしたか!僕とした事が…まあ良い、それより九紫楼さん、大丈夫かい?危ないところだったね。」

「はっ、はい!どうもありがとうございました。あとさっきは、椿を召喚して襲ってしまって、すいませんでした。」

「ああ、ぜんぜんいいよ!元はと言えば、僕の口下手が原因なんだから…それより、バスの時刻過ぎちゃったね。神社まで車で送るよ。もうすぐ正午だし。」

「えっ!いけない!私早く帰らなきゃ!でも、ここ何処だろ?どうしよう…」 

名取さんがニコッと笑った。

「だ、か、ら、僕が九紫楼さんを神社まで送るよ。」

「えっ?はい!ありがとうございます。」


 こうして私は、名取さんの車で神社まで送ってもらう事になった。


 そして、神社に着いて知ったのだが、名取さんこそが、今日の昼に来る来客だった。


 

 


 それにしても、今日私を襲ってきたあいつらは一体何だったんだろう?そして、千姫とは?

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