水無月祭
中間テストも終わって5月の半ばに入り、まだまだ夏まで遠いというのに、カラッとした暑さが、私達に襲いかかってくる。
「はぁ…暑い、死ぬ!」
「まだ梅雨にも入っていないというのに、夏並みの暑いですわ。」
「九紫楼様!喉が渇かれたなら…はい、桜特製の新作夏用ドリンクを飲んでみて下さい。」
「夏用ドリンク?へぇ〜、桜ってこういうの好きよね。最近桜のおかげで、コンビニで無駄な買い物せずにすんですわ!」
「これくらいどうって事ありません。九紫楼様が喜ばれることが、桜にとっての幸せですから。」
「ふっ、桜って、狗犬だけあって、ホント主人に忠実よね。はぁ…九紫楼や水無月はいいな〜、私も優しい従者が欲しいよ。」
「あら愛音、あなたにも優しい過保護な従者がいるじゃない。水蛇の砂楽さんが」
「え〜、だって砂楽はさ、私に厳しいんだもん。言葉遣いに気をつけなさい。愛音様は女らしさが足りません。もっと巫女としての自覚を持ちなさい!って、知ったことか!」
「ふふっ、砂楽さんの言っている事は正しいと思いますよ。愛音は、巫女としての自覚が足りません。次期玄武神社神主なのですから、もっと上品さを身につけるべきだと思いますよ。それより、もう時期水無月祭ですが、準備はできているんですか?」
「ご心配なく♪砂楽が、ちゃ〜んと準備してくれてるから、問題ないない」
「流石、砂楽さんですね。そういえば、九紫楼さんは、初めての参加でしたよね。分からないことがあれば教えますが、大丈夫ですか?」
「う〜ん?大体の準備は、桜、銀がやってくれているから、あとは、暁姐さんに言われたとおりに、立ち振舞いが出来るかだけが問題かな?あっ、あと知らない人ばかりだから、偉い人とか会っても分からないから、失礼があったらどうしよう…」
「大丈夫ですよ。式典以外は、私達も、友達として九紫楼さんと一緒にいますので」
「水無月の言う通り、私達も一緒にいてあげるから、九紫楼は、ちゃ〜んと上下関係を認識しなさいよ!」
「うん、ありがとね。」
こうして、私達の5月はあっという間に通り過ぎて行った。
水無月祭当日
朝から暁姐さんとその下々の者たちが騒がしく、家中を走り回っている。そんな皆とは反対に、私はいつも通り、朝の仕事をしながらのんびりとすごしいると、アヤト君がやって来た。
「九紫楼殿、そろそろ準備をする時間でござる。桜さんがお風呂場で待っているでござるから、早く行ってあげるでござる。では、拙者は、おさらばでござる。」
「うん、アヤト君ありがとね。さて、私も準備準備!」
風呂場に行くと、桜がお湯の調節をして待っていた。
「桜、お待たせ!」
「あっ、九紫楼様!先に言っておきますが、今日の九紫楼様は完全な貴族ですから、普段自分でなされる事も、私達がすべてお手伝いします。なので、貴族らしい振る舞いをなさってくださいね。」
「それは、もう始まっているの?」
「はい、儀式は目覚めた時からすでに始まっています。」
「分かったわ、桜、お願いね。」
清めの湯が終わると、私はすぐ自分の部屋に連れてこられ、上掛け以外の着付け、化粧、髪型などを、暁姐さんにすべてやってもらった。私は、その職人技に圧倒されてポカーンとしてしまって、暁姐さんが素早く出ていくのを見送れなかった。
残された私は、取り敢えず身だしなみを崩さないように、読書をして呼ばれるのを待つことにした。
10:30 綺麗な巫女服に身を包んだ銀と桜が、私の部屋にやって来た。
「九紫楼様、もうまもなく出発の準備が整います。九紫楼様も、そろそろご支度をなされて下さい。」
「えぇ、承知しました。じゃあ…」
「九紫楼様、主人のお世話をするのは従者の役目、だから、九紫楼様の身だしなみは私達が整えますので、九紫楼様は何もしないで下さい。」
「えっ…ええ…」
桜に上掛けを掛けてもらって外に出ると、立派な着物に身を包んだ。天兄と鬼神様、暁姐さんが、三人で話をしながら待っていた。
「あっ!九紫楼…うん、よく似合っているね。」
「あぁ…流石、暁が選んだだけあるな。」
「うん、流石姉さんの娘だけあって、姉さんに似て、よく似合っているよ!」
「ありがとう、三人もよく似合っているわ!ところで…どうやって会場まで行くの?車とか見えないけど…。」
「案じるな…そろそろ迎えが来る頃だ。」
そう言って鬼神様が空を見上げると、突然、時空の歪みから、大きな船が現れた。
「あれが、僕ら北東の宙船"夜月丸"だ」
「…えっ!でか過ぎでしょ!」
「ははっ、驚くのも無理はない!あれは北東のこの神社の威厳を示すための船だからね。さっ、驚いている暇はない、乗るよ!」
沢山のあやかしたちに見守られて、私達を乗せた"夜月丸"は、常世の水無月祭の会場"天銀城"に向けて動き出した。
常世とは、人間とあやかしが普通に共存しあっている別世界だ。そこは、現世と隠世のちょうど間にある世界で、水無月祭など、二つの世界の者たちが集まる時には、ピッタリな場所だと、昔から親しまれてきた。
常世の起源は、千年以上昔、二人の対局的なあやかしと一人の人間が、人間とあやかしの争いを無くすために創り出した世界らしい。
そんな昔話を鬼神様に教えてもらっているうちに、私達を乗せた"夜月丸"は、常世の船着き場に到着した。天銀城までの道は、京都の朱雀大路のような一本道で、その端っ子に、屋台やお店がびっしりと並んでいた。
天銀城に着いた私たちは、着くやいなや、すぐに大広間に案内された。
大広間には、見たことのないあやかしや大人が大勢いて、とてもじゃないけど、水無月や愛音を探すことなんて困難そうだった。だから、取り敢えず天兄に着いていくことにした。
会う人々に挨拶と私の紹介をしている天兄は、私の知っている頼りない天兄とは大違いだった。八つの神社の神主の一人として、騎前とした立ち振る舞いをしていた。その姿を見て、私は天兄を少し見直した。
挨拶をしているうちに、土御門家の一行に出会うことが出来た。水無月は、私に気づくと私のところに近づいて来た。
「九紫楼さん、そのお召し物、たいへん良くお似合いですわね。」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。水無月さんも、そのお召し物、大変良くお似合いですわね。」
「ふふっ、ありがとうございます。さぁ、私達はこの場にいても暇ですので、お外に行きましょ。」
「えぇ、でもその前に、水無月さんのお父上にご挨拶させていただかないと」
「えぇ、父上もお喜びになりますわ。」
水無月の父、現在の陰陽庁長官にご挨拶した後、会場の外に出た私達は、急ぎながらも、品格を失わないように気をつけながら、愛音の待つ庭まで早歩きしていった。
庭に着くと、愛音は知らない男子二人と話をしていた。
「愛音!楽しそうね。」
「やぁ、九紫楼。その着物良く似合っているよ。水無月もね!」
「ありがとう。ところで…このお二人は誰?」
「やぁ、お初にお目にかかります。北東の姫君の神藤 九紫楼さん。僕は南の神社の次期神主鳳 スバルと申します。以後お見知りおきを」
「僕は、東の神社の次期神主伊佐那 雅日と申します。宜しくお願いします。」
「此方こそ、宜しくお願いします。」
「ふふっ、ちなみに二人は、私達と同じ高校に通う、可愛い後輩ちゃんだよ。」
「でも、南と東って事は、私の神社よりランクは上よね。」
「確かに現世ではそうだけど、あなたのところの鬼神様は、隠世ではトップに君臨するあやかしだから、実質的にはランク差なんてないよ。」
「…隠世でトップ?なんの事?確かに、以前鬼神様が、隠世で大切な役目があるって言っていたけど…それと関係あるの?」
私が、四人を見ると、皆絵に書いたように口を開けて、固まっていた。
「…あれ?私何か変なこと言った?」
「…九紫楼さん!貴方何も知らないのですか!?」「ちょっと桜と銀!九紫楼に何も教えてないの?」
「はぁ…それでも貴方は鬼神様の巫女ですか?」
「いいですか九紫楼さん?私の話をよく聞いて下さいね。あの鬼神は、妖王。つまり、隠世のすべてのあやかしの王様なのですよ!」
「……えっ⁉」
私はそれ以上言葉が出てこなくて、三分間フリーズしていた。その間に、桜と銀は、愛音と水無月に問い詰められ。スバル、雅日は呆れ顔で私を眺めていた。
その後、儀式が始まったので、四人とは別れたが、私はその事実を教えてもらっていなかった事に頭がきて、儀式なんかに集中していられなかった。
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