転入日〈前半〉
早朝から、あやかし達が、バタバタとせわしなく走り回っている。何をそんな朝早くからやっているのか分からないが、いつもなら挨拶してくる手毬河童たちですら忙しそうだ。
一緒に学校に通う桜と銀は、私が、学校に行く準備や、家の手伝いをしようとしても、「私がやっておきますから、九紫楼様は休んでいてください」
と言って、何もさせてくれない。
天兄は、私が朝の職務をしようとしたら、慌てたようにとんできて、
「今日は何もしなくていいから」
と言ってきた。他のあやかしたちも相手をしてくれないし、鬼神様(神社で奉っている神様)に限っては、姿すら見せてくれない。
(みんな私の事なんてどうでもいいのかな…)
邪魔者のように扱われた私は、ふて腐れて、少し山を登ったところにある展望台に行くことにした。
「はぁ〜、今日は私が、新しい学校に初登校する日だっていうのに、皆忙しく何してのかな…。銀も、桜も、天兄も、皆して私を邪魔者のように扱って、酷いな…」
「九紫楼?こんな所でどうしたんだい?昨日は新しい学校への初登校の日なんだろ?」
「朝から皆に無視されてふて腐れているのです。」
「あぁ…九紫楼、お願いだから元気だしくれないかい?皆、今は九紫楼の事無視しているかもしれないけど、皆九紫楼を驚かせる為に頑張っているんだよ。何をするかは秘密なんだけどね。」
そう言うと、鬼神様は、私の隣に静かに座って、膝を抱えて顔を隠している私の方を静かに見つめる。なので私も、泣き顔を上げて鬼神様の顔を見返す。
(あぁ…何だか懐かし。つい一週間前くらいにあった筈なのに、遠い昔からこの優くて温かい笑顔を見ている気分になる)
「…鬼神様は、ズルいです。」
「ん?何がだい?」
更に優しい微笑みをこちらに向けてきた。
「…鬼神様は、お優しいですね。私みんなから避けられて、傷ついて、少し昔のことを思い出してしまって…でも、鬼神様が来てくれて、今少しホッとしています。ありがとうございました。」
「…うん、やっぱり君は笑っている方が素敵だ。」
「うん?何か言いました?」
「あっ…いや、何でもない。ただの独り言だよ」
「えっ?変な鬼神様」
「とにかく、長生きのあやかし達にとって、君はもう、孫娘みたいなものなんだ。だから、君が元気がないと僕達も辛い。逆に君が笑っていると僕達も嬉しい。だから、君を嫌いになったりはしないよ」
涙がポロリと頬を流れる。
(あぁ…温かい)
数分間、私は少し沈んでいた気分を上げ直して、また鬼神様に話し始めた。
「ところで、なんで、こんなところに鬼神様がいるんですか?お一人でここに来る用事ないんじゃないですか?」
「そんな事はないよ。たまにここに来て、京都の街を眺めながら、考え事をする時がある。まあ今日は、九紫楼のために、僕も何か出来ないかな?って、天に聞きにいたら、ふて腐れているであろう九紫楼の相手を任されたんだ。その後、銀に九紫楼の居場所を聞いたら、ここだって教えてもらって、登って来たら、君が一人で寂しそうしていて、僕も思わず胸が苦しくなった。皆の分も代表して、すまなかったね。」
「鬼神様!?そんな、謝らないで下さい!皆が、私のこと思っているって分かって、私嬉しいですよ。鬼神様が来てくれて、嬉しいです。だから、謝るなんてしないで下さい。本当にもう大丈夫ですから!」
鬼神様が慌てる私を見て、クスッと笑う。私はやっぱりこの人鬼だと思って、ムッとする。
「それより、ずっと気になっていたのですが、鬼神様って、いつも日中は、どこで何して過ごしているんですか?あんまり見かけませんよね?」
「ふふっ、隠世に行っているんだよ。向こうで大事な仕事を任されていてね。ちなみに、九紫楼は知らないだろうけど、仕事をしているあやかしは僕だけじゃないよ。暁(女郎蜘蛛)は、この京都で、仕立て屋をやっているし、手鞠河童達も、どっかの工場でお菓子生産のアルバイトをしているみたいだし、サスケ(鎌鼬)は、隠世で、その能力を活かして郵便配達の仕事をしているよ。」
「へぇ〜、初耳だな〜、あやかし達って、普段それぞれのびのびと生活していると思っていたけど、違うんですね。」
「ふふっ、あやかしも仕事をしないと生活が苦しいんだよ。」
「人間もあやかしも意外と変わらないんですね。」
「ふふっ、そうだな。」
その後も、少し二人で楽しく雑談をしていると、木々の間から、銀が小走りに山を登ってくるのが見えた。
「鬼神様、銀が迎えに来たので、そろそろ行ってきますね。こうやって二人で話せれて楽しかったです。あと、お仕事頑張ってくださいね。」
「あぁ、行ってらっしゃい。帰ってきたら、学校の話を聞かせてくれ。」
「はい!では、行ってきますね。」
ニコッと笑った私を、鬼神様は笑顔で送り出してくれた。最初は、少し怖くて、苦手な人と思っていた鬼神様と話してみて、鬼神様や、あやかしたちのことが少し分かった気がする。あやかしたちと過ごす日常が、私を支えているのを感じる。
学校へは、暁姐さんと天兄が保護者として同行してくれた。私の担任になる。新米の吉岩 京子先生は、暁姐さんと天兄が夫婦だと完全に信じて、「九紫楼さん、いいおばさまとおじさまですね。」と話していた。その小声になっていない話し声を聞いて、暁姐さんはニコッと笑い、天兄は恥ずかしそうに下を向いていた。
そして、遂に待ちに待った、クラスに初めて入る時間が来た。私は、期待と不安を感じて、ソワソワしながら、教室の外で、吉岩先生に呼ばれるのを待っていた。
私が転入した学校、京都府立七草高校は、広大な敷地に普通科棟、図書館、競技場、特別棟、大ホールと5つの施設をもつ、大きな学校だ。そして、その中心には、どこの施設からでもよく見える大きな木がある。残念ながら私には、その木の名前まではわからないが、その存在感は、この学校の象徴と言っていいものだ。
私がその木を見ていると、先生が、ひょっこりとドアから顔を覗かして、私を呼んだ。私は、一回深呼吸して、一歩踏み出す。
クラスの子たちのざわめきが聴こえる。それを聞きながら、私は黒板の前に立つ。窓側の席に、先に潜入している桜と銀が見える。二人は笑顔で私を見守ってくれていた。私は、そんな二人の顔を見て、少し気持ちが楽になった。
「皆さん!今日からこのクラスの仲間になる。神藤 九紫楼さんです。今から自己紹介してもらうので、ちゃんと聞いてあげて下さいね。では神藤さん、みんなにご挨拶して下さい。」
「はい、神藤 九紫楼です。東京からきました。まだ、京都に来たばかりで、知らないことが多いのですが、これから一年よろしくお願いします。」
「皆さん、仲良くしてあげてくださいね。」
私を頭を下げると、パチパチパチ…と、歓迎の拍手の嵐が起こった。
席は、桜の隣にしてもらった。私が近づくと、勿論二人は人間の姿をしているのだが、尻尾をワサワサと動かして喜んでいるように見えた。私は、席についくと、解放された安心感で、体から力が抜落ちて、ぐてっとなってしまった。そんな私を見て、また、桜と銀が微笑む。
放課になると、他のクラスの子までもが、私の席の周りに集まってきた。そのせいで、私は毎時間の放課、質問攻めにあって、休むに休めれなかった。今になって、朝、桜たちが何もさせてくれなかった訳が分かった。
昼休憩の時間、私は桜と銀に、人目の少ない裏山に連れて行ってもらって、やっと、今日一日ずっと求めていた、休み時間を過ごせれた。
「桜、銀、ありがとね。朝のこともそうだけど、こんな素敵な場所見つけてくれて」
「九紫楼のためだったら、なんでもするのが
主様から任された、俺たちの役目だからな!」
「九紫楼様のためなら、こんな場所探すの楽勝です。今のうちにゆっくりお休みください。」
「桜、銀、大好きだよ!いつもありがと」
そう言った瞬間、"バフっ"と言う変な音と共に、二人は、元のあやかしの姿に戻ってしまった。私は突然のことに、少し驚いて、あぜんとした表情で二人を見つめてしまった。
「あぁ…驚かして悪い、長時間人間の姿に化けているのは、体力を使って難しんだ。」
「今一番に私達がやらないといけない事は、もっと修行して、化けていられる時間を延す事なのかもしれませんね。」
「…あやかしは大変ね!」
わたしが、そう言った瞬間、三人共吹き出して大笑いした。この時間が永遠につづあてほしいと思うまでに、平穏な時間が流れた。
教室に帰ると、また同級が集まってきた。私はまた、質問攻めにあう。でも、桜と銀が人の整理をしてくれたので、今度は落ち着いて相手の質問に答えられて、助かった。
〈後半に続く〉
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