第200話 時間(1)

そして、続いて


「では。 竜生くんが二人のためにピアノをご披露します。 どーぞ、」


夏希が竜生をエスコートした。


「え、竜生が?」


何も聞いていなかった八神は驚く。


竜生はみんなにペコリとお辞儀をして


ピアノに向かった。


椅子を調節して、竜生は少し緊張したように座る。


そして、手をさする仕草をし。



真尋、ソックリやん。


志藤はふっと笑った。



顔は絵梨沙に似ているのだが、こうしてピアノを弾く前の仕草が


まるで真尋にそっくりで。


彼が


間違いなく真尋の血を引いていることを感じずにはいられない。



竜生が弾くのは


ショパンのノクターン第2番。


7歳で


すでにショパンを弾きこなす。


まだまだたどたどしくはあったが



竜生のピアノは


表現力も豊かに


その場の空気を変える力を持っていた。



絵梨沙は後ろからそんな竜生を


優しく温かいまなざしで見つめていた。


八神は竜生がピアノを弾く姿を


まるで


自分の子供のように、いとおしく見つめた。



『da-da-da-da~n!! Fall down!!』



オモチャの機関銃を思いっきり向けられ、いたずら小僧そのまんまの彼に初めて会ったのは


まだ3つくらいのときだった。



その子が


自分のために


ピアノを弾いてくれるようになるなんて


おれと


美咲が東京で


いろいろあって


歩んできた時間は


まさに


竜生や真鈴が


こうして成長していった時間で。


人間が


こんだけのことができるようになる長い長い時間が


いつの間にかに流れていたんだ。



気がついたら八神は涙が止まらなくなっていた。


「慎吾、」


美咲がそれに気づいて、彼にハンカチを手渡す。


「ん・・。」


それを手に取り、目頭に押し当てた。



大きくなったな。


ほんっと。




そして、弾き終わった竜生に大きな拍手が向けられた。


ペコリとお辞儀をした竜生は八神と美咲に向き直り、


「しんご! みさきちゃん、おめでとー! これからもいっしょにあそんでね!」


と満面の笑顔で言った。



「竜生~、」


八神はもう


たまらなくなって竜生のところまで行き、ぎゅーっと抱きしめた。


その姿に


絵梨沙もちょっともらい泣きをしてしまった。



真鈴は


祖母であるゆかりの膝に座って、ピアノを弾く兄や母の姿をジっと見ていた。


「真鈴、ジュースは?」


ゆかりが言ったが、それにも気づかないくらいその光景を見ていた。


再び、ピアノを弾く絵梨沙の姿を


真鈴は何も言わずにただただ


じーっと見ていた。



「エリちゃん、ごくろうさん。 ちょっと休憩して。」


南が合間に声をかける。


「あ、すみません。 でも、コンサートと違って、嬉しい場ですから。 弾くのも楽しいです、」


絵梨沙はニッコリと笑う。



そこに真鈴がちょこちょこと歩いてきた。


「真鈴? どした?」


南がしゃがんで頭を撫でる。



真鈴は絵梨沙を見て、


「ママ・・ジュース・・」


手に持ったジュースの入ったコップを差し出した。


「真鈴・・」


絵梨沙は少し驚いたように真鈴を見た。



真鈴はちょっとはにかんだように


にっこりと笑った。


「・・ありがとう。 ママに持ってきてくれたの?」


絵梨沙はそのコップを手に取る。



真鈴は黙って頷いた。


「真鈴、」


絵梨沙は真鈴の気持ちが嬉しくて


そっと抱きしめるようにした。


八神は


その様子に気づいて視線を送る。


「まりん・・ママのピアノ・・すき。」


真鈴は絵梨沙にそう言った。


「・・ん。 ありがと、ありがとう・・」


絵梨沙は涙で言葉をつまらせる。

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