第201話 時間(2)

八神は前を見て


真尋の姿を追った。


ワインを飲みながら、そんな母娘の姿を頬づえをついて嬉しそうに見守っている。



『BGMは絵梨沙がやって、』


今朝


彼女にそう言ったのは


ひょっとして


真鈴と


絵梨沙さんの関係を


修復しようとして?


真鈴に


絵梨沙さんが一生懸命ピアノを弾く姿を見せたかった?



八神は一瞬にして


そう思った。



絵梨沙が真鈴のことで悩んでいても


きっと


真尋は全く何も考えていないんだろう、と思っていた。


ふざけてばかりで


そんな


繊細な心配りなんか


できないって思ってた。



やっぱ


すげえなあ・・


真尋さんは、


八神はふっとため息をついて


微笑んだ。




子供たちはリビングに繋がる大きなガラスのドアから芝生の広い庭に飛び出した。


その後も


アトラクションは続き


エルガーの『愛の挨拶』を


斯波がピアノを弾き、玉田がヴァイオリンで演奏をした。


「みんな、上手なんだね~、」


美咲は大感動してしまった。


「経験者が多いから。 みんな、それぞれ頑張って・・演奏家の道を諦めて今の仕事を一生懸命にやってる。」


八神は美咲にそう答えながらも


自分に言い聞かせるようであった。




「では。 祝辞のシメは、我が事業部の『母』である。 北都南さんにおねがいしま~す。」


夏希は張り切って言った。


南は喜び勇んで、彼らの前に行き、


「八神。 美咲ちゃん、おめでとう! この前の勝沼の式も感動したけど、こうやってあたしたちの手でお祝いしてあげられて良かった~って思ってる。」


南はちょっと酔っぱらって、普段よりもさらにテンションが上がっていた。


「ほんまに二人、いろいろあったけど。 めっちゃ楽しかったな~。 八神はアホやけど、めっちゃカワイイし。 弟みたいに。 放っておけないって言うか。 面倒見てあげたくなっちゃうし。 いっつも一生懸命で。真尋のわがままにもようついていってくれて。 ホンマに感謝してる。 あんたやから耐えられるって思うときもある。」


南は真面目な表情になって美咲に視線を移し、


「あたしなんかより美咲ちゃんは八神のことわかってるやろけど。 ほんま母みたいな気持ちやねん。 アホな息子やけど、よろしくね。 八神のこと見捨てないでやって、」


「南さん、」


美咲はちょっとハナをすすった。


「みんなこうして家族を連れてきて。 事業部をはじめた時は。 あたしと真太郎と志藤ちゃんと・・ゆうこと。 4人で頑張ってたけど。 みんな家庭を持って。 子供ができて。 こんなに『大家族』になったんやなあって思うと胸がいっぱい。 美咲ちゃんも、あたしたちと一緒に頑張って歩いて行こうね。」


南は目を潤ませた。


「はい・・」


美咲はハンカチを顔に充てて、目にいっぱい涙をためた。




すると


「んじゃあ・・感動にうちふるえてるこの空気。 おれの出番かな~、」


真尋が立ち上がる。


絵梨沙はニッコリ微笑んで彼にピアノの椅子を譲った。



いつものように


両手をさすって。


おもむろに鍵盤に指を落とす。



『愛の賛歌』だった。


彼がオリジナルを除いて、クラシック以外を弾くのは


珍しいことで。


八神はハッとした。


それは


最初、何の曲かわからないほど


真尋独特の感性でアレンジされていて。


その場にいた


全ての人の心を一瞬にして掴んでしまった。




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