第191話 しあわせ(4)

「おまえ、佐々木社長に、翌日が結婚式やって一言も言わなかったらしいなあ、」


志藤は笑いながらそう言った。


「え・・ああ・・なんか。 ちょっと、そういうこと言える雰囲気ではなかったので、」


「おれのグチを延々と聞いてくれたって。 息子さんのことで悩んでたらしいけど。 でも、社長もなんとか気を取り直して頑張るって言うてはったで。」


「そうですかあ、」


ホッとした。


「んで、家泊めて。 いきなり、おまえがこれから結婚式で勝沼に帰らないとアカンて話聞いて。 めっちゃ驚いたって。 そんな時やのに、ここまでつきあわせてしまって、ほんまに申し訳なかったって、」


「そんな・・」


八神は胸がいっぱいになった。


「おまえの気持ちが伝わったんやって。 ほんまによかったな。」


「はい、」



契約が継続されたことよりも


佐々木社長が


頑張ろうって気持ちになってくれたことがうれしかった。



「んじゃあ、朝っぱらからゴメンな。 これからゆっくり初夜ってくれ、」


志藤はそう言って笑った。


「だからね・・今さら初夜れないッスから、」


八神も笑ってしまった。




「ん・・? なに・・?」


その声で美咲がむくっと起き上がった。


「ああ・・志藤さん。」


八神は携帯をしまった。


「慎吾ってば、頭すんごいことになってるよ。 昨日もめちゃくちゃ飲むからさあ、イビキすごくって眠れなかった、」


美咲はアクビをしながらボヤいた。


八神は笑って、彼女の肩を抱き寄せながら、


「ごめんなあ・・ゆうべは初夜れなくって!」


ふざけて彼女にキスをしようとしたが、


「ちょっとも~~! お酒くさい!! しかも! 汗臭いし! シャワー浴びてきてよ・・」


美咲は本当にメイワクそうに彼の顔を遠ざけた。


「あ~、そういや・・2日間風呂入ってねーし、」


「なおさらじゃん。もー、」





「あ~、この坂もキツいな~、」


二人は八神の祖母の墓参りに行った。


「でも、すっごい見晴らしいいよね。 ばあちゃんによくじいちゃんの墓参りだって連れてこられたけど。 ここに来るとばあちゃん嬉しそうだったもん、」


美咲はふうっと息をつく。


そして


墓前に花を供え、線香を手向ける。


「遅くなってごめんな~。 ばあちゃん、」


八神はタワシで墓石をゴシゴシとこすった。


「きっと天国でヒヤヒヤしてたと思うよ。 慎吾、まだ来ない~、って。」


美咲は笑った。


「怒られそ、」




二人は目を閉じて手を合わせる。


「なんて、言ったの?」


美咲が言った。


「ん。 これから頑張るよって。 これがゴールじゃないんだから、」


八神は笑顔を見せた。


「そうだね・・」




これから大変たこともたくさんあるだろう。


でも、


二人なら


乗り越えていける。



『美咲、慎吾をよろしく頼むね、』


あの夏の日。


ばあちゃんからそう言われて。



安心してて。


慎吾は


ばあちゃんの大事な慎吾はあたしが


守るから。



美咲は心に誓った。

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