第190話 しあわせ(3)

「彼の天然エピソードを、1冊の本にして自費出版しようかって盛り上がったこともあり・・」


志藤の祝辞に場が一気に和んだ。



「そのくらい。 彼は愛される存在です。 仕事でも得意先の人たちからもかわいがられて。 この、何とも言えない、放っておけない雰囲気が功を奏しているのか、わかりませんが。 いつまでも事業部の末っ子的存在で、かわいくて。 そうですね・・かわいい部下ですね。」


笑っていた八神だったが、


その言葉には少しジンとした。


「美咲ちゃんは八神を通じて知り合いましたが、明るくて、かわいくて。 ほんっと八神にはもったいないくらいのいい子やなあと思ってました。 4年もかかって・・はよ、結婚すればええのにって、周りがイラつくくらいで。 八神には美咲ちゃんしかいないってことは。 もう誰もがわかっていたことでもあります。 美咲ちゃん、八神をよろしく。末永く、」


志藤は美咲を見て微笑み、彼女は笑顔で頷いた。



「そして、ご両家のみなさま。 本日は本当におめでとうございました。 東京に出て、親元を離れて暮らす二人ですが、私も微力ながら二人の力になりたいと思っております。 今後ともよろしくお願いいたします。」


志藤は二人の両親に頭を下げた。


大きな拍手の中、志藤のスピーチは終わる。


「持ち上げたり、落とされたり・・忙しいね、」


美咲は八神にそっと囁く。



八神もクスっと笑った。


二人を昔から知る友人たちのスピーチも


かなり盛り上がり、


会場は爆笑の連続だった。


そして


最後は八神の挨拶なのだが。


式の30分前に来た彼は


もちろん、スピーチの用意なんかしておらず。


「あ~・・本日は・・ぼくたちのために、みなさんありがとうございました、」


緊張してロボットのようなお辞儀をしたあと、沈黙が続き、美咲はハラハラした。


「・・すみません。 言うことを考えてこなかったもんで。」


八神は頭をかいた。


「・・あんまり、うまい挨拶できないんですけど。 あの、これから、美咲と二人で頑張って歩いていきます。 あったかい家庭を作って。 ずっと、ずうっと永遠に一緒に歩いていけるように。」


たどたどしい挨拶だったが、


美咲はちょっと涙ぐんでしまった。


「・・美咲とは、生まれたときからずうっと兄妹のように育って。 両方の親も、どっちがホントの親かわからなくなるくらい過ごして来ましたけど。 今は、美咲のお父さんとお母さんに、ありがとうございましたって言いたいし、ウチの両親にも感謝でいっぱいの気持ちです。 危なっかしいでしょうが、どうか見守ってください。」


自分の気持ちを素直にあらわす八神に


みんな大きな拍手で包みこむ。


泣きながら微笑む美咲の顔を見て、八神は彼女の頭を抱えるように笑った。




「あ~、楽しかったな~。 久しぶりに楽しい結婚式やった。」


帰りのタクシーで南は志藤に言った。


「ま、八神らしい式やったな・・」


志藤もふっと笑った。



その後は


友人たちと盛り上がり


胆石のことも忘れて八神はめちゃくちゃ飲んでしまった。


「慎吾~、そんなに飲むとまた石できちゃうよ~?」


美咲が呆れて彼の背中を叩く。


「もー、爆発させたから! いいじゃん、今日くらい・・」


カンペキに酔っぱらっていた。




携帯の電話の音で


ようやく、のそっと起き上がった。


「はい・・・?」


ガラガラの声でそれに出た。


「あ、八神?」


志藤の声だった。


「し・・志藤さんスか? きのうは・・どーも・・もー、あのあと飲みまくっちゃって、服のまんま寝ちゃった・・」


半分眠りながら言う。


「え? なに? 裸ちゃうの?」


志藤は笑った。


「違いますよ。 そんな飲んで、初夜れるわけないじゃないですか・・・。」


寝ぼけながらも、そんなことを言う彼に志藤は大笑いしてしまった。


「それもそうやな。 あ、佐々木社長からな、正式に契約を継続するって連絡があってさ、」


「え・・。」


目が覚めた。


「おまえにはやっぱ負けるって、」


うれしくて


バッチリ目が覚めた。

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