第183話 結婚前夜(1)

オケのメンバーの大幅な入れ替えもあって、八神は雑務に追われた。


「もー、オケのことも一部、おれがやることになってるから・・新しい子たちが入ってきて雑務が多い、」


八神はボヤいた。



もう結婚式まであと2日しかない。


結局。


式に関して、1度もホテルに足を運ぶことはなかった。


美咲と姉たちに任せきりであった。



「八神~、ちょっと髪の毛なんとかしてきたほうがええんとちゃうの?」


南が伸びきった彼の髪をつまんで言った。


「時間ないッスよ・・。 前日までにはなんとか、」


「明日は実家に帰るの?」


「そのつもりですけど、」


「式が11時からやもんな。 仕度するとか考えると、やっぱり泊まらないとね。 あたしと志藤ちゃんも式から行かせてもらうし、」


「ありがとうございます・・って、仕事終わるのかな、」


八神はトホホな顔をした。


美咲は今日から会社を休んで実家に帰り、ゆっくりしている。


しかし


八神はゆっくりできなかった・・。




「え~~?? マジすかあ・・? 違うって言ってんのに・・もう、」


八神は電話を受けながらデスクに突っ伏した。


固まったままの彼に、斯波は


「どうした?」


と声をかけた。


「・・スポンサーの佐々木精密の佐々木社長が。おれが、ちょっと書類を持っていくのが遅くなったら、ヘソ曲げちゃって。 頑固な人なんで、もうスポンサー降りるとか言い出してるって・・今、秘書の人から電話があって、」


泣きそうだった。


「はあ? 遅れるってどんくらい遅れたの?」


「・・1時間。」


「たった1時間?」


思わず言ってしまった。


いくら頑固な人でも、ヘソを曲げるほどの時間ではない。



「ほんっと・・斯波さんもご存知でしょうが。 見た目、普通のおじさんなんですけど。 頑固も頑固。 曲がったことが大っ嫌いの気難しい人で。 自分でもアマオケの指揮するくらいクラシックが好きなんだけどそれだけに厳しくて。 前にも何回も泣かされて、」


「もう誠意を持ってぶつかるしかねえだろ。 頑張ってもう一回行って来い、」


斯波は八神の背中を叩く。


「はい・・」



しかし


その問題はこじれ。


八神は式前日の翌日の土曜日もそのことで走り回っていた。




「社長は夕方までお留守です。」


受付で冷たく言われた。


「はああああ、」


大きくため息をついた。




「慎吾、遅いね。 まだ帰ってこないよ。」


美咲は八神の家で、涼の子供たちと、自分の甥っ子たちと一緒にトランプで遊んでいた。


八神の母は時計を見ながら心配そうに言う。



もう夕方の4時・・


「しょうがないなあ。 仕事、押してるのかな。」


美咲は少し心配になってきた。




夕方には戻ると言っていた、佐々木社長が戻ってきたのは夜7時・・


「社長!」


ずっとロビーの隅で待っていた八神は駆け寄った。


「・・なんだ、おまえか。 しつこいな、」


佐々木は彼を一瞥した。


「社長にじかにお話したくて待っていたんです! 本当に今回の不手際は、ぼくの責任ですから!」


足早に歩く社長に追いつこうと必死に歩く。


「おれはなあ・・約束を破るやつが、大っきらいなんだ!」


「わかっています! いいわけはしません。 書類が遅れたことはぼくのミスです。 ですから、どうか! 考え直して下さい!!」


八神は渾身の懇願をした。



佐々木は足を止めた。


「・・じゃあ、ついて来い。」


ジロっと睨まれた。


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