第182話 ニアミス(3)

「で・・佐々木精密の社長とのスポンサーの継続契約は、明後日で・・」



翌朝


仕事の報告をする八神の顔を


志藤はジーっと見てしまった。


書類から視線を志藤に移した時、彼が自分の顔色を伺うように凝視しているのに気づき、


「・・なんですか?」


顔をひきつらせて言った。


「え? ああ・・今回はなんでもなかったのかなあって、」


「は・・?」


「顔に傷もないし・・」



???



彼が何を言いたいのかさっぱりわからない。


志藤はそんな彼の顔を見て、ぷっと吹き出して笑い出した。


「え? なんですかあ? もう・・」


「ほんと、『きょとん』って字が頭の上に出てる~。 おもろい~、」


「だからっ! なんなんですか、も~~、」


「昨日。 修羅場やったやろ?」


志藤は頬づえをついて、笑いながら言った。


「へ・・」


ドキンとした。



するとまた志藤は笑い出し、


「また!『ドキン!』って文字が出てるで~、」


いちいち笑われて、


「ですからっ!!」


八神はネタを小出しにされて、イラついた。


「おれ、ちょっと昨日のコンサートの帰り。 ホールで見ちゃって、」


「えっ!!」


胸を押さえた。


「神谷麻由子と一緒のトコ。 美咲ちゃんに見られて。 なんやかんやあったあと、めっちゃ言い合いになって、そのままホール出て行ったやん、」



見られてた・・。


八神は一気にブルーになった。


「で、家に帰って無事やったんかなあって、」


「ぶ、無事でしたけど・・無事でしたけど、」


声が小さくなる。


「あのあと・・マユちゃんが秋に日本に帰ってきたら・・ウチとソリストとして契約することになったって話になって。 美咲が、んじゃあ彼女とまた仕事したりしちゃうわけ~? とか言い出して。 んなもん、仕事なんだからしょうがないじゃん!っておれが言ったら、絶対に邪なこと考えてる!とか言いやがって!」


八神は堰を切ったように昨日起こったことを、怒涛のように話し始めた。


「別に彼女のことはもう、何とも思ってないって100回くらい言ったのに! 彼女の前ではいい子ぶってたクセに おれに対してはほんっとに重箱の隅つつくようなことまで言いやがって! しまいにゃ、テーブルの下から足でバンバン、ケリ入れられて!」



八神の『一人芝居』に


志藤は呆気に採られて見入ってしまった。


「おまえら・・ほんまにだいじょぶか? これからの長い人生、やっていけんの?」


本気で心配してしまった。


「は・・?」


興奮して息を切らせながら八神は志藤を見た。


「・・あんまわかんない・・ッス、」


呆けたような顔でそう言う八神に、志藤はまた大笑いしてしまった。




「そんなのほっとけばええやん。 いつものケンカやろ~?」


南はランチを志藤と一緒に採りながら笑った。


「なんか哀れ~って感じで。 カンペキ、尻に敷かれてるのがモロわかり、」


志藤も笑った。


「でも。 八神にはそういうのが合ってる。 ほんまは自分が主導権握りたくて頑張ってるけど、美咲ちゃんみたく、グイグイ引っ張ってくれる女の子やないと。 八神はアカンて。 ほんま末っ子気質やし、」



「ま、結局。 神谷麻由子のことは。 八神にとっては・・『恋愛』ちゃうかったんやろなあ・・。」


志藤は窓の外の青い空を見ながらつくづく言った。


「え?」


「元カノとか? そういう意識ゼロやったと思うよ。 たぶん。 だから、フツーに再会を喜べた、いうか・・」



志藤の分析は


鋭かった。

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