第181話 ニアミス(2)

正直


麻由子のことを思い出したりなんてことは


ほとんどなかった。



彼女が順調であることを聞いて、ホッとすることはあっても


彼女が恋しいだとか


すごく気になるだとか


そんなことは一度もなかった・・



でも


美咲は


そんな風に思っていたんだ・・。



麻由子は美咲の気持ちがうれしくて、


「・・ありがとう、ございます。 気にかけていただいていたなんて、」


ふっと微笑んだ。


「あんなカタチで。 あたしたちは二度と会うことはないって思ってた。 すっごく後味悪かったし。 あたし、あの時本当に言いたいこと言っちゃったし・・」


美咲は小さな声で言った。



志藤は意外な展開に興味津々に耳をそばだてる。


八神はそんな美咲を優しいまなざしで見る。



言いたいこと


バーっと言って


友達とケンカになったりすることはしょっちゅうで。


そのたびに


おれのところに来て、


『いいすぎたかなあ・・』


って泣いたり。


感情より行動が先に出てしまって


自分でもわかってるけど


止められなくて。


きっと


彼女のことも


同じように


後悔していたのかもしれない



八神は麻由子に向かって、


「あのね・・おれたち・・この前、入籍したんだ。」


とハッキリ言った。


「え・・」


麻由子は少し驚いたように彼を見た。


「結婚・・した。 式はもう来週なんだけど・・」


ちょっと照れてそう続けた。



麻由子は笑顔になって、


「そうですか、おめでとうございます。 よかったですね、」



それが


心からの言葉であることが


わかるほど


素直に胸に響いた。



「うん・・」


そして麻由子は


「あたしもパリで付き合ってる人がいて、」


と八神に言った。


「え?」


一転して少し驚いた。


「彼、フランス人のヴァイオリニストなんですけど。 同じ音楽院で。 ちょっと離れることになってしまうけど、いつか一緒になろうねって、言ってくれて、」


幸せそうに言う麻由子に


「あ・・・そうなんだ、」


八神は気が抜けた。


美咲はそんな八神の心の中をすばやく察した。


「ほんと、お互い幸せになれてよかったです。 今日はありがとうございました!」


麻由子はそう元気に言って、ホールを後にした。



彼女を見送る八神の背中越しに


「すんごい・・ガッカリしちゃって、」


美咲はボソっと言った。


「は?」


ガバっと振り返る。


「彼女にステディがいるって聞いたら~。 なにガッカリしてんの?」


さっきとはうってかわって


ものすごく怪しげな目で見られてしまった。


「が、ガッカリなんかしてないよっ、してるわけ、ないじゃん!!」


わざとらしく否定をする彼に、


「自分はあたしと結婚した、とか言っておきながら? 彼女につきあってる人がいるって聞いたら落ち込むってどういうこと?? 慎吾のクセにちょっと図々しくない?」


「慎吾のクセにってなんだよっ!」


「あたしがここに来なかったら、彼女に『食事でもどう?』とか誘おうと思ってたでしょ?」



ドキっ・・



八神は一瞬、固まった。


「そ、そんなこと・・あるわけないじゃん・・」


もう目も見れない彼に、美咲は


「未練がましいわよっ! 元カノにっ!」


だんだん怒りがこみ上げてくる。


「未練なんかないっ!」


八神も売り言葉に買い言葉状態だった。



あ~あ~


丸く収まりそうやったのに。


結局


修羅場やん・・



志藤はタバコを吸いながら


八神の


アホさかげんにため息をついた。


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