第171話 結婚までの(2)

「ほんと、八神の東京の母としてさあ、ここにサインできるなんて嬉しいよねえ、」


南は満足そうに彼らの婚姻届の証人の欄にサインをした。


「いつ、母に・・」


八神はボソっと言った。


「よしっ、これでOKやん! 今から出しに行くの?」


「昼休み、ちょっと抜けて・・」


「落とすなよ、」


志藤が笑った。


「そうそう。 ここで八神が婚姻届を落とすってオチが欲しいとこやなあ、」


南は笑った。


「ほんっとおれ、殺されますから! ありえるだけに・・」


八神はそう言って笑わせた。


こうして


無事、婚姻届は受理され。




「あ、美咲? 今、出してきたよ。 うん、別に問題なかった、」


すぐに美咲に電話をした。


「そっか。 ねえ、あたしさあ、『八神美咲』になるんだよね・・」


「は? 当たり前だろ、」


「なんか『み』がくっついててヤダなあ。 よく考えると、」


「バカなこと言ってんじゃねーよ、」


笑ってしまった。


「ま・・でも。 やっぱやめたって言っても、もう遅いからな。」


「・・言わないよ、」


美咲はふっと笑った。


ようやく


夫婦になったんだ


あたしたち。


『家族』


になったんだ・・



美咲は何だか胸の中がじわっと温かくなるのを感じた。



夢が叶うって


嬉しいようで


なんだか怖い。


そんなこと言ったら


神様に怒られそうだけど。


でも


今はホントにそう思う。




「あ、帰ってきた~! 新婚さ~ん! おめでとー!」


戻ってきた八神に事業部のみんなが出迎えた。


「わ、びっくりした・・なんスか?」


驚いて胸を押さえた。


「どう? 無事に夫婦になれた?」


南がからかうように言う。


「え、まあ・・いちおう・・」


ちょこっと照れて言った。


「おめでとーございます! はいっ!」


夏希が元気よくかわいい花束を差し出した。


「え~? なんだよ。こんな、」


「このお花はみんなからなんですけど~。 これはね~、あたしがおやつを我慢してお金貯めて買った・・プレゼント!」


夏希は紙袋から箱を取り出した。


「は? 加瀬が?」


「そうなんです!あけてみて!」


嬉しそうに言った。


みんなも興味津々に覗き込むが・・


「は・・? ガンダム?」


八神は驚いた。


「前に、八神さん、雑誌見ながらコレ欲しいって言ってたでしょ? ええっと、なんてゆーんだっけ、」


「・・量産型ザグⅡ・・陸戦用・・」


「そうそう! そんな感じの名前だった。 アキバに行って、何軒も探しちゃった。 似たようなのもいっぱいあって、」


夏希は得意げにそう言った。


「結婚祝にガンダムかよ~、」


志藤は笑ってしまった。


「え~? ダメですかあ?」


夏希は周囲を見回した。


「加瀬さんらしいかも。 でも、おやつ我慢したんですもんね、」


萌香は笑った。


「子供かよ、」


斯波もふっと笑ってしまった。


「あ・・ありがと。 なんか・・加瀬からも、こんなんもらえるとは思ってなかったから・・びっくりして、」


八神はテレながら夏希に言った。


「まだあるよ。 みんな目録なんやけど。 志藤ちゃんとあたしからは、オーブンレンジ。 最新の。」


南は仰々しく作られた目録を手渡す。


「オーブンレンジ?」


「ほら、いいやつ欲しいって前に言うてたやん。」


「こんな、高いの・・」


「んで、斯波ちゃんと萌ちゃんからはバカラの食器セット。」


「そんな高級なの・・美咲、絶対に割るって・・」


「タマちゃんは里香ちゃんと一緒にクリスタルのアクアリウム。 すっごいキレイなんだって。」


八神は気を緩めると泣いてしまいそうだった。



「あ・・あのっ、ほんっと・・」


感動に震えてお礼を言おうとした時、


「え、なんでみんな目録なんですかあ? あたしもそうしてほしかった、」


夏希の無神経な横やりが入った。


「ハア? ガンダムを目録に載せろって? アホか、」


志藤が笑って彼女の後頭部をペシっとひっぱたいた。


「え~? ダメなもんなんですかあ?」


「ダメなもんとか、そういう次元じゃねえって、」


斯波もおかしくて、珍しく声を出して笑ってしまった。


溢れそうだった


涙が引っ込んだ。


「え~、八神さん気にいってくれましたよねえ? バグ?」


夏希がさらに追い討ちをかけるように八神の腕をぶんぶんと振ったので、


「・・ザグ・・」


忌々しそうな顔で


彼女を見た。



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