Wedding Bell

第170話 結婚までの(1)

結婚式まであと3週間・・。


相変わらず八神は張本人なのに


何一つかかわっていなかった。


招待客のリストもざっと目を通しただけで。


ほとんど両親に決めてもらって。



「ねえ、今度の週末は帰れない?」


美咲は八神に言った。


「え~。 無理。 ほんっと忙しいし。 今度の日曜も午前中しか休めない・・」


八神は家でもパソコンの前に座って書類作りだった。


「もう・・。 衣装合わせもしてないじゃん、」


美咲は口を尖らせる。


「美咲はしたんだろ?」


「まあ・・」


「んじゃ、いいじゃん。」


まるで投げやりだった。


「すっごいヘンなカッコ・・させるよ。」


脅かすように言うと、


「まあ・・常識の範囲なら。 海パン一丁とかじゃねーだろ~?」


美咲の顔も見ないで適当に答える。


「海パン一丁だったらどーすんのよ!」


思わず怒ると、もうバカバカしいのか答えもしなかった。




「あ、あと。これ。」


美咲は自分のバッグから一枚の紙切れを取り出した。


「なに?」


振り向くと、それを手渡された。


それは


『婚姻届』だった。



「婚姻届?」


「今度の金曜が大安だからいいんじゃないかって。 ウチのお母さんが。  慎吾の書類もこの前勝沼に帰ったときにもらってきたんだよ、」


「そうかあ。 婚姻届かあ。」



そーいや、


そんなん出すんだよね・・。



「でも、まだ早くない? 式まで3週間もあるのに。」


と言う八神に、


「慎吾みたく暢気にしてたら! 出すのも忘れちゃうよ!」


美咲はイラついて言った。


「ハイハイ・・わかりましたよ・・」


怖かったのでそう返事をした。


「で。 ここの保証人の欄。 志藤さんたちに頼めるんでしょ? お願いして書いてもらってくれる?」


「あー、うん・・」



テーブルに『婚姻届』は広げられっぱなしだった。


「ちょっと!! 失くすから! もうあたしのは書いてあるんだから、ちゃんとしまってよ!」


美咲は本当にイライラした。


「あとでしまうから。」


「慎吾はそうやってすぐなくすから! 早くとりあえず、自分のトコ書いてよ、」


と彼にペンを押し付けた。


「え? 今~?」


「なんで嫌そうなのよ・・」


美咲はジロっと睨んだ。


「嫌じゃないけどさ・・」


仕方なく仕事を中断してその『紙切れ』と向き合った。



「なんか字が曲がっちゃった・・」


八神は首を捻る。


「そんなのどうでもいいから! ほら、ハンコ!」


とハンコまで手渡され、



これ


出したら


おれたちホントに夫婦なんだよなァ・・



なんだか感慨深かった。



ハンコを手にジッと固まっている八神に


「・・後悔してるの?」


美咲は心配そうに言った。


「はあ?」


「なかなか押さないじゃん!」


そのハンコを持った手を思いっきり指差した。


「こ、後悔なんかしてねーよ。 なんか、長い長い道のりだったなァって。」


八神はため息をついた。




子供のころのこと


美咲を初めて勢いで抱いてしまったときのこと。


美咲が自分を追って東京に出てきた日のこと。


彼女にプロポーズをしたときのこと。



きっともう後ろを振り返っても


何も見えないんじゃないかってくらいに。


おれたちがここまでたどり着く


道は長かった。



八神は慎重にハンを押した。


「よし、」


それを見て気合を入れた。


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