第172話 結婚までの(3)

「え~、ほんとに~? なんか嬉しいなァ。 みんなにそんなしてもらって、」


美咲は慣れない料理を一生懸命して、お祝いの膳を整えてくれていた。


実家で作ったスパークリングワインをグラスに注ぐ。


「ほんっと、加瀬のヤツ。 空気読めねえんだから。 おれが感動的な挨拶をしようとしたのに、」


まだ根に持っていた。


「まあまあ。 でも加瀬さんってほんとおもしろい子だよね~。 ちゃんと慎吾のツボ抑えてるじゃない。」


「先輩だなんて、絶対に思ってねえよな、あいつ・・」


尚もふくれる八神に、


「そんなことより。 乾杯しよ。 ね?」


美咲はニッコリ笑った。



籍を入れても


昨日までとおんなじ。


でも


こうして


ずうっとずうっと


幸せな時間を共有していられるんだ。



美咲は甘えるように八神の肩にもたれかかった。


八神も幸せをかみしめていた。





ところが。


「あ、八神さん。 総務からこの前の健康診断の結果、戻ってきましたよ。」


外出から戻ると夏希から封筒を手渡された。


「健康診断? あ~、この前のやつね・・」


と座って、封筒の中身を見た。


30歳の節目検診と言うことでCTまで撮ったものだった。



え・・?


ざっと結果を見ていた八神はCTの結果のところに『要再検査』の赤いスタンプが目に飛び込んできた。



再検査?



そして、医師の文字で


『胆嚢部分に1cm弱の影確認』


と走り書きがしてある。



影・・?


頭をハンマーで殴られたような感覚だった。


「ん? どしたの? 八神。 口開いちゃって。」


南がやってきた。


「おれ・・」


「へ?」


「病気???」


泣きそうな顔で言う彼の顔を見た。


「はあ?」




「再検査になったくらいで、なんやねんて。 あたしも胃にポリープがあるとか言われたけどさあ、」


南はわけを知って八神を励ます。


「影ですよ! 影! ああああ、もう・・あと2週間で結婚式だっていうのに!!」


八神はかなり悲観して嘆く。


「とにかく、病院行って来なさいよ。 そんなビビらないで。 美咲ちゃんに一緒に行ってもらえば?」


と言われて、ガバっと振り返り、


「み、美咲には言わないでください!」


必死に言った。


「え?」


「・・言わないで下さい・・」





「あ、おっかえり~! 今日もあたし、ゴハン作ってみたんだよ、」


美咲の明るさが、さらに八神の気持ちを落ち込ませる。


「・・うん・・」


「疲れてる? じゃあ、お風呂に入ってくれば?」


と笑顔で言われて、



美咲・・


やっと結婚できたのに。


おれ、悪い病気だったら


どうしよ・・。


ガンだったりして・・



想像するだけでもうゾッとした。


「もう、どうしたのよ。 ボーっとして、」


「ううん・・なんでもない、」


と無理に笑顔を作った。




八神はその晩、美咲がベッドに入ってくると、すぐに抱きついた。


「慎吾?」


黙って彼女の胸に顔を埋める。


「・・美咲。」


「え?」


「ほんとに・・おれの子供・・産んでくれるの?」


真面目に聞いてくる彼に、


「もー、どうしたの?」


クスっと笑った。


「・・産んでくれる?」


なんだかものすごく切羽詰ったように言われて、


「ん・・いいよ。」


美咲はニッコリ微笑んだ。




どうしよう。


もし、


もしおれが死んじゃったら


美咲、どうすんだろ・・


もう不安で胸がつぶされそうだった。



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