第131話 一世一代(1)

実家に到着したのは夜9時だった。


「美咲? 慎吾も?」


直接、美咲の家に寄った。


「ただいま。 ・・お父さんは?」


「帰ってるけど。 どしたの?」


母は怪訝な顔をした。



「すみません。 おじゃまします。」


八神もずんずんと上がって行った。



父はリビングで酒を飲みながらサッカー中継を見ていた。


「お父さん、」


美咲が入っていくと、少し驚いたような顔をして見た。



「・・こんばんは、」


八神も顔を出すとさらにびっくりしていた。



「・・何しに、来たんだ。」


機嫌が悪くなる。


「おじさん、なんも言わないで帰っちゃうから、」


「おまえに何も言うことないじゃないか、」



美咲の母はこっそりと隣に行って、八神の家族を呼びに行く。



「おじさんから見れば。 おれは、ほんっと頼りなく思えるだろうけど。 でも、今は仕事を頑張って早く一人前になりたいんだ、」


話をするも、美咲の父はテレビに視線を送って顔も見てくれない。


美咲の母から呼ばれて、八神の両親、二人の姉たちもやってきて、そおっとリビングを覗き込む。



「お・・?」


日本代表が相手ゴールを攻めようとするその瞬間、美咲の父が身を乗り出す。


八神は話もきちんと聞いてくれない彼の前に回りこんで、いきなり土下座をした。



「バカっ! どけっ! 見えない!」


テレビの前から八神をどけようとしたが、



「聞いてくださいっ!!!!」


八神は今までに出したことのないくらいの大声を出した。



日本代表がゴールを決めたことを告げるアナウンスが聞こえたが


美咲の父はその八神に驚いて少し呆然とした。



「おれ・・本気だから! 美咲のこと・・本気ですから!!」


床に額をこすりつけるように頭を下げた。



驚いていた美咲も慌てて一緒に並んで頭を下げた。


「お父さん、」


美咲の父は面食らったような顔のまま固まっている。




そして


外野も・・固唾を呑んで状況を見守り。



緊張した空気が張り詰める。


八神は一度顔を上げた。



心臓が


ものすごく


ものすごく


ドキドキしていて


もう定位置にないのではないか、と思えるくらい心臓が移動してそうだった。




「み・・美咲と・・美咲と・・け・・ケッキョンさせてくださいっ!!!」




八神の一世一代の


声が響き渡る。



美咲は頭を下げながら




ケッキョン・・??



あまりにわかりやすく噛んだ八神に


この真剣な状況にかかわらず


猛烈におかしくなってきた。



ケッキョンだって・・。



笑いを堪えて、顔を上げられずにいると、


ガラス戸の向こうで八神の姉の朋が大笑いしてしまった。



その笑い声で外野の人々、プラス美咲は緊張の糸が切れたように大爆笑になってしまった。



「へ・・」



笑っていないのは


八神と


美咲の父だけだった。



なぜ


こんな大爆笑に?



って、


いつのまに、オヤジもオフクロもみんな・・


どうなってんの???



もう


『鳩が豆鉄砲を食らった顔』の見本のような八神に


「なんで・・この大事な時に噛むかなあ、」


朋はおなかを抱えて、ヒーヒー言いながら笑っている。


美咲も床に転げて笑ってしまった。


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