第130話 スイッチ(3)

「美咲ちゃんはあたしと話してるときもな、あんたのことグチるとかボヤくとか全くなくって。 なかなか結婚するって言ってくれないとか、文句ひとっつも言ってへんかったで。 ほんまはあんたが決心してくれるの待ってると思うのに! それをジっと健気に待ってなあ。 ほんっとに、他の男に美咲ちゃんを取られてもいいの!?」


南はさらに続けた


「そ、それは、ヤだけど、」


尚も煮え切らない八神に南のボルテージは最高にテンパり、


「結婚したいの? したくないの? どっちなの!?」


またもバンっとテーブルを叩いて、店中の注目を浴びてしまった。



『あたしはこうして慎吾のそばにいられればいいの・・』



美咲の笑顔を思い出す。


おれは


自分のことばっか考えてた。


責任、逃れようとしてた。


いつまでも


幼なじみでいられないのに。


何もしようとしないで。


好きな女


ひとり幸せにできないで。



ほんっと


情けねえ・・おれ!




八神は膝の上に置いたこぶしをぎゅっと握り締めた。



「・・したいですよ。おれは、美咲と一生一緒にいたい!」



本気の瞳で


南を見据えた。


南も彼から目を逸らさずに



「だったら! 結婚するっきゃない! 貯金があるとかないとか! そんなの関係ない。 二人で頑張っていけばええんやろ? あんた一人に頑張らせようだなんて美咲ちゃんはこれっぽっちも考えてへんから。 一生一緒に生きたいんなら・・『家族』になったらええねん! ほんまの家族になったら、」


と言った。




心臓を


ぎゅうううっと


掴まれたような


そんな気持ちだった。



よしっ・・


おじさんに


美咲と結婚しますって。


結婚させてください!って


おれの


全身全霊を込めて。



八神は燃えてきた。



ところが


「は・・帰った・・?」


一気に頂点に達したエネルギーが急速に下落して行くのがわかった。


「いちおう仕事でこっち来てたみたいで、本当は3日くらいいるはずだったらしいけど、今、電話があって勝沼に帰るって、」


美咲からの電話で美咲の父が突然勝沼に帰って行ってしまったことを知る。


「な、なんで・・」


「わかんない、」


「おれのこと、なんか言ってた?」


探るように聴いた。


「ううん。 なにも。 あたしも、もう余計なことは言わなかったけど。」


「って! おれは言われっぱなしかよ! もう、今日は頑張っておじさんに言おうと思ったのに!」


怒りさえこみあげるやり場のなさだった。


「がんばってって、なにを?」


と言われて、


「い、いや・・別に。」


はっとして口ごもった。




そして、今日が土曜日だということを思い出し、


「美咲は今日何時ごろ仕事終わる?」


と聞いた。


「えっともうすぐ終わりにしようと思ってたけど、」


「おれ、5時には会社出れるから。 ・・一緒に勝沼に行ってくれ、」


「は?」


「頼むから!」


八神は必死だった。



このまま


このまま


あやふやに終わらせてたまるか!




「・・行って、どうするつもり?」


新宿駅で待ち合わせて二人は電車に乗った。


「どうするって。 なんっか、おじさんにあんなふうに言われて。 悔しいっつーか。 おれ、なんも言い返せなかったし。」


八神は電車の座席に腰掛けた。


「わざわざ言い返しに行くの?」


美咲は彼の顔を覗き込む。


「・・それだけじゃないけど、でも、このままじゃ・・」



小さなため息をついて、走り出した電車の窓から見える景色を見た。



美咲は


それ以上は何も聞かなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る