第128話 スイッチ(1)

やだ・・


八神は夜中にゾクっとして目が覚めてしまった。


おれ・・美咲と別れなくちゃ


いけないの・・?


ウソだろ?


そんなの絶対に


考えられない。


もう


考えられないよ。



自分の胸の中で安心したように寝息をたてる美咲を


思わず抱きしめた。



ばあちゃん・・!


あの時


約束したこと


ウソじゃないからな。


おれは、


美咲と・・。


目をぎゅっとつぶった。




早朝からけたたましい携帯の呼び出し音で起こされた。


「んー・・」


八神はその音の発信源を何とか手探りで探して手を伸ばす。


「・・美咲のだよ・・」


と、隣で寝ている美咲を揺り動かす。


「ん・・いいよ。 どうせ、お父さんだから・・」


八神が目をこすってウインドウを見ると確かに



『多賀谷雅之』


と父の名が出ていた。


「いいのかよ・・出なくても。」


「いいの・・」


美咲は無視してまた寝てしまった。



ところが。


10分おきに電話がかかってくる。


「あ~~!! うるさいっ!!」


美咲はブチ切れて電源を落としてしまった。



まだ6時・・・


八神はすっかり目が覚めてしまった。


「なー、一回帰ったほうがいいって。 どっちにしろ会社行く仕度しないとだろ?」


寝ている美咲の背中に言った。


「・・あのクソオヤジ。 今日はゼッタイに部屋に入れないんだから!」


美咲はいきなりガバっと起きてそう叫んだ。



美咲は思いっきりブスっとして家に戻ってきた。


「おまえ・・慎吾のところに行ってたのか?」


怖い顔をして父が迎えた。


「関係ないでしょ、」


美咲はもう父と口も利きたくなかった。


「母さんや八神の家のやつらも・・みんな手放しでおまえらのことは喜んでいたけど。 おれはおまえならもっともっといい男と一緒になれると思ってた。 あれから慎吾から結婚のことについて何か言われてるのか?」


「・・・別に。 それはないけど。 あたしには慎吾しかいないから。 今日も早田さんとは会わないから。 あたし、慎吾と一緒になれなかったら・・もうお父さんとは親子の縁を切ってもいいって思ってる。」


美咲は父を見据えた。


「美咲、」


「確かに慎吾は、まだまだ安月給のサラリーマンで。 ほんっと頼りなくてバカでどうしようもないけど。 もう・・理屈じゃなくて・・あたしは、慎吾だけなの。」


美咲はそれだけ言って、そのまま隣の部屋に閉じこもった。




「なんっか・・・すんごい負のオーラが漂ってくるんですよぉ・・」


玉田がコソっと南に言った。


視線の先には


どんよりとした八神が・・



「ほんと・・八神ってわかりやす。 頭ん中ダダモレ。 加瀬のこといっつもそう言ってからかってっけどさあ。自分だって十分そうやんなあ、」


南はぷっと吹き出してしまった。


「タマちゃん、相談に乗ってやんなよ、」


と小突くと、


「なんでおれが!」



二人でもめていると、八神がくるっと二人を見た。



「あ・・や、八神、どしたの? 元気ないなァ・・」


わざとらしく南は今気づいたフリをして彼の肩に手をやる。



「そ・・んなことないです・・」


八神は慌てて立ち上がって、デスクの上においてあったコーヒーをこぼしてしまい、


「あっ!!」


慌てて拭こうとすると脇机にうずたかく積まれたファイルがなだれのようにどどっと落ちてさらに大変なことになってしまった。



「あ~あ~。 もう・・そんなことなくないやん! ぜんっぜん、」


南は慌てて雑巾を持ってきてデスクの上を拭いた。


「も、書類がコーヒーまみれ、」


もう泣きたくなった。





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