第127話 それから(4)

本当に


子供のころからどっちが親かわからなくなるくらい


多賀谷家と八神家は仲が良くて。



美咲のお母さんを二人で奪い合ったことも


笑い話だったのに。



おれのことも


ほんとの息子みたいにかわいがってくれてると思ってたのに・・



「帰る・・」


八神は耐え切れずに立ち上がる。



「え・・」



美咲は驚いた。


「もう・・いいよ。 おじさんは、おれのこと結局信じてなかったんだ。オヤジと何のケンカしたら知らないけど。 最初っからおれと美咲が一緒になるの反対だったんだろ? 美咲にはもっともっといい相手がいるって思ってたんだろ? どうせおれはしがないサラリーマンだし。 バカだし? 結局、演奏家としてもハンパに終わっちゃたし!ダメな男だから!」



八神はそう言ってぎゅっと拳を握った。



「慎吾、」


美咲は胸が痛い。



八神はそのまま美咲の部屋を出て行った。



「慎吾!」


美咲は慌てて追いかけた。



足早に歩く八神を追ってきた美咲に、


「バカ・・来るなよ・・」


八神は振り返らずに美咲が来ていることを感じて言った。



「慎吾、」


「おれなんか・・どうせ・・ダメなんだから。」


がっくりとうな垂れて、何だかベソをかいているようだった。



美咲はたまらなくなり、


「もう! あたしとお父さんのどっちを信じるの?」


と大きな声で言った。


その声で振り向く。



「美咲、」


「あたしは! 誰がなんて言おうと、ずうっと慎吾だけだったのに! なによ、今さら! 愛想つかすならとっくにつかしてるくらい慎吾のことわかってるのに!」


美咲も目にいっぱい涙をためてそう言った。



そして


八神のスーツの袖口をぎゅっと掴んで、



「もう・・お父さんが反対するなら・・親子の縁も・・切るから。」


もう片方の手で涙を拭った。



なんだか


ジンとした。


「美咲・・」


そっと彼女を抱きしめた。



確かに


今のままの居心地がよくて。



正直、


差し迫って結婚なんか考えていなかった。



もうすぐ30になろうって言うのに、おれは


自分のことばかり考えて。


美咲のこと


考えていたんだろうか・・




「・・おれのこと・・怒ってる・・?」


ベッドで彼女を抱きしめながら、なんとなくその言葉を言った。


「え・・」


美咲はぼんやりとした瞳で八神を見る。


「・・怒って・・ないの?」


すると美咲はにっこりと笑って、


「怒ってなんかないよ。 なんで?」


八神の髪を優しく撫でてやった。


「・・結婚するって言っておきながら・・いつまでもウダウダしてるし・・」


「だから。 あたしは今のままでも幸せだから。 だって慎吾とこうやって抱き合っていられる。 ずうっと・・こうしたかったんだもん。」


少しかすれた声で美咲はそう言って八神の耳にキスをした。



こんな


情けないおれを好きでいてくれてるなんて。


結婚を迫ったりもしないし。



美咲って


ほんっと・・


かわいいよな。



おれにはもったいないって


おじさんが思っちゃったのもわかる・・かも。




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