第110話 責任(1)

「え・・またウイーンに行くの?」


ベッドで二人まどろみながら身体を絡ませる。


「ん。 真尋さん、基本向こうのが好きだし・・。 玉田さんもオケのことで忙しいから、」


八神はうつ伏せになって半分目を閉じながら言う。


「たいへんだね・・」


「いそがしいけど・・・、あ~、金貯めないとなあ。」


八神は目を開けた。


「え、貯金とかないの?」


「あんまり。 今までほんっと生活に追われちゃって。 とりあえず金貯めないと結婚もできないし、」


「結婚って、あたしと?」


美咲はちょっと身体を起こした。


「は? 違うのかよ。」


ムッとして聞き返す。


「嬉しいけど。 でも、慎吾、貯金とか全然得意じゃないもんね。」


美咲は笑った。


「親もなあ・・おれに出す金なんか残ってねえだろうしなァ。 だいたい、朋ちゃんがまだヨメに行ってないっつーのに。 孫にもお金かかるし。」


「そうだね・・慎吾に出す金は残ってないね・・」


美咲は妙に納得してしまった。


「あたしは別に結婚とかにはこだわってないから、」


美咲は八神の頬に手をやって言った。


「え?」


「慎吾とずううっと一緒にいられればいい。 まあ・・浮気とかはヤだけど。 合コンくらいなら、ま、しょうがないかなって。 あたしのとこに絶対に戻ってくるって・・信じてるし、」


と言ってまた彼に抱きついた。


八神はちょっと彼女のいじらしさにほだされながらも、


「・・みんなに言っちゃったからなァ。 今さら無理ですとも言えないし、」


素直に言って美咲を笑わせた。


「ほんっと。 慎吾は正直だよね。 笑える。」


「は?」


「他の女の子の前ではいちおう格好つけたりするの?」


「なんだよ、ソレ。」


「あたしにだけ見せてくれる顔っていうのもいいかな、」


嬉しそうに彼の頬にキスをした。



そうやって


いつまでもベッドの中でじゃれあっていた。



あ~


ほんっと


楽だ・・。


なんも気いつかうこともなく。


すっごく安心できるし。



八神は美咲と一緒にいる意味を


今さらながらかみ締めていた。


末っ子で


親や姉たちになんでもしてもらって生きてきた彼は


まだまだ


『責任』とか


『自立』とか


そういう厳しさを本当にはわかっていなかった・・。



翌日。


南と斯波と八神は3人で社食でランチを採っていた。


「ね、昨日の合コンどやったん?」


南は八神に開口一番切り出した。


「え、別に普通に盛り上がってましたよ。 でも、なんかお嬢さんぽい子もいて気をつかっちゃって。 あんま飲めなかった。 合コンも男に気を遣わせる女の子ってヤですよね、」


と斯波に言ったので、


「おれにふるなよ・・」


斯波は迷惑そうにそう言った。


「生意気に贅沢言って! ほんまに美咲ちゃん怒らないの?」


「別に。 浮気はダメだけど合コンくらいならって。 急に心が広くなっちゃって、」


アハハ、とお気楽に笑った。


「普通、彼女やったら怒るって、」


斯波は驚いて、


「え、つきあうことになったの? 彼女と、」


と八神に言った。



「ああ、まあ。 でも別に今までとおんなじっつーか。 ただ、これから何があっても、おれは最後には美咲と結婚するかなって。 そういう感じで。」



八神は無邪気にゴハンをぱくついた。


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