第97話 迷い(2)

でも。


あの時。


『泊まれよ、』


反射的に出た言葉は


間違いなくおれの本当の気持ちだった。


すぐ


やらせてくれるから、とか


美咲に対してそんな風に思ってたわけじゃなくて。


そういうことじゃなくて。


本当に


本当に


美咲と一緒にいたかった・・



あの時の不思議な気持ちを思い出すと


胸が


きゅううんと


痛くなる。


そんなことを


悶々と考えていた時、携帯が鳴ってビクっとした。



「あ、慎吾?」


しかも美咲だったのでさらにドキンとした。


「どう? ばあちゃんの様子。」


「うん、ちょっとしゃべったけど。 思ったよりはしっかりしてたかなあって。 でも、ほとんど寝てるみたい、」


「そっか。 あたし、明日のお昼頃そっちつくと思うから。」


「会社、休んでだいじょぶなの?」


「うん、どうせ夏期休暇もあるし。 なんかあたしもばあちゃんに会いたくなっちゃったし、」


クスっと笑う。



話したいことがたくさんあった。


美咲の家で水羊羹をごちそうになった時使ってたスプーンのこと、カブトムシのこと、ばあちゃんの昔話のこと。



でも


なんだか何も言えなかった。


すごく


彼女を意識している自分がバカみたいで。



「じゃあ、」


八神は電話を切ろうとした。


「うん、」


その瞬間


猛烈に


美咲に会いたい自分がいることに気づいて


鳥肌が立つように、ブルっとした。



「美咲・・」


「え?」


「ううん、なんでもない。 じゃあな、」


八神は電話を切った。



なんだ


この気持ち。


苦しくて


切ない・・




翌朝、美咲はゆうべ言った時間よりも少し早くやってきた。


「おはよう、」


自分の家に戻る前に八神の家にやって来た。


「あ、美咲。 早いじゃん、」


朋が出てきた。


「6時半くらいの電車に乗っちゃった。」


みんなで朝食を食べているところだったので、


「お、おなかすいた・・朝、食べてない。」


おなかをおさえると、


「じゃあ、食べなさいよ。 しょうがないわねえ、」


八神の母が茶碗を持ってきた。



「慎吾は?」


大家族の食卓を見回すように言うと、


「え? まだ寝てるんじゃないの? まったく休みだからってさあ、」


涼が言った。



美咲はすばやくごはんを食べて、


「ごちそうさまでした!」


食器を片付けて二階に上がって行った。



案の定


八神はぐうぐうと丸くなって寝ていた。


美咲は部屋のカーテンを思いっきり開けた。



するともう夏の日差しが嫌というほど差し込んで。


「う・・」


さすがに目が覚めた。


「もう9時だよ? いつまで寝てるの? もう慎吾のゴハンないよ!」


「あ?」


のそっと起き上がる。


「美咲?」


目をこすりながら言う。



「もうあたしもゴハン、ここでご馳走になっちゃった。」


「はええなあ、」


ボサボサの頭をかきながら言う。


「だって。 ばあちゃんのことが心配で。 今、寝てるのかな?」


「おれがたった今まで寝てたのに・・わかるかっつの、」


「すっごい寝癖。」


美咲は手で頭をなでつけてやる。


「も、眠い・・」


八神はまた布団にもぐりこんでしまった。


「も~!」



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