第89話 覚悟(3)

このまま


夢中で


時間が過ぎて。


美咲との関係も


別に


今までと同じで。


彼女という存在ではないけど、


おれは合コンに行って新しい彼女の出現を望むこともなくなった。


たまにお互いの部屋を行ったり来たり。


そして


たまに泊まって。



ぬるま湯すぎる世界に浸って。


やっぱり恋人同士と言うよりも、幼なじみの関係みたいな雰囲気が続いていた。



事業部の人たちと飲み会をするときは呼んだりして、美咲はもうほとんどみんなと友達のようにつきあったりしていた。


南さんとは気が合って、たまに一緒に出かけたりしているようだった。



おれに不満を言うわけでもなく


美咲も淡々と毎日を過ごしていた。


相変わらず


真尋さんに振り回されて


5月から8月までの間。


ウイーンと日本を3度往復した。



その間も、ウイーンからNYやパリ、中国なんかも演奏旅行で着いて回った。


パスポートはあっという間にハンコだらけになる生活。


それでも


真尋さんのピアノのある生活は


そんなに悪くはなかった。



「八神~。 コレ、どう思う?」


「とりあえず・・パンツくらいははいてもらえます?」


いきなりシャワーから出てきて体が濡れたまんまで、ピアノを弾きだして。


『どう思う?』


ってアンタね・・


奇行は相変わらずなのだが。


秋には


パリの一流オケからオファーが来ていて。


コンチェルトでの競演が決まっていた。





「たっ・・ただいま戻りました。」


日本がすっかり夏になっていたのには驚いた。


ウイーンも一応夏は夏だが


暑さが天と地の差がある。


成田に下りた瞬間から汗が噴出した。


「あ、おっかえり~。 今日は家に直帰でもよかったのに。」


南が能天気に迎えた。


「こっちの仕事もたまっちゃってるし。 疲れてるけどしょうがない・・」


デスクの上の溜まった書類を見てうんざりした。


「八神も雑用多いもんね。 真尋の世話だけでも大変なのに。」


「ほんっと・・給料にあわない仕事ですよ、」


「新しい人、入れたほうがいいよって志藤ちゃんに頼んでるから。 ほんまあたしも最近忙しいし。 庶務的仕事してくれる人がいてくれると助かるから。」


「女子がいいかな~。 新卒で、何でも言う事聞いてくれちゃって・・そしたら手取り足取り教えてあげるのに~。」


ちょっとだけ夢を見た。


「ハハ・・そやな。 あんたが逆にこき使われるようじゃあアカンし?」


南も笑った。


「あ、一昨日美咲ちゃんと飲みに行ったんだよ。」


「え? ほんとに?」


「ちょっとおもしろそうな芝居やってたから見に行って、それから。」


「ふうん、」


「なんか会社にね、すっごいアプローチしてくる男がいるんやって!」


と八神の背中を叩いた。



「は?」


ドキンとした。



「けっこうしつこくてすっごく誘ってくるって困ってた。 カレシいますって言えばいいじゃんって言ったら、美咲ちゃんてばムキになって『慎吾は別にカレシとかじゃありませんから!』だって。」


ニヤリと笑う。



「あ・・そうですか・・」


気まずくなって彼女から目を逸らす。


「ほんま、ぜんっぜん・・進展ないね。」


南は八神の横の席に座って、彼のネクタイをぐりぐりといじりまわした。



ほっといてください・・


正直そんな気持ちだった。

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