第88話 覚悟(2)

もう


夜中の11時だったが。


「食べたいな。 食べてもいい?」


美咲はニッコリと笑いかけた。


「デブるぞ。」


八神はまだ少しわだかまりがあるようにそう言った。



「え~~~、おいし~~! 慎吾、お菓子も作るの上手なんだね。 すごい!」


美咲はそれを頬張りながら満面の笑みで言った。


「プリンとかなら作ったほうが美味いし。」


「慎吾は食べないの?」


「もう味見しちゃったから。」



なんで急に


お菓子なんか作って持ってきたんだろ・・



美咲は彼の気持ちを量りかねた。


「別にお母さん、誰にも言ってないみたいだよ。」


ちょこっと先回りをしてそう言った。


「え・・」


八神はようやく顔を上げた。


「お母さんは。 あたしの気持ち、全部わかってる。 慎吾の気持ちもね。 だから心配しなくていいよ。」


「美咲・・」


「誰も責任とって結婚しろだなんて言わないから。」


美咲は笑った。



そう言われて


ホッとする自分も嫌だった。



それでも


そんなにあっけからんとそれを口にする美咲に


本当に


申し訳なくて


申し訳なくて


どうしようもなかった。



「ごめん、」


八神は思わず美咲に謝ってしまった。


「え?」


「おれ・・ほんっと・・」


美咲は八神の落ち込む顔を見て


「いいよ。 何も言わなくても。」


とニッコリ笑った。


「え、」


「あたしは慎吾のこと、すっごいカッコイイからとか、男らしくて頼りになるとか。 そういうことで好きなんじゃないから。」


あっさりとそう言われ、


「は?」


思わず絶句してしまった。


「カッコ悪いとこも。 全部。 好きだから。 ほんっと小学生の時とおんなじで。 お父さんやお母さんに怒られる~ってビビってる慎吾も・・全部好きだから。」


美咲はふっと微笑む。



上から目線だなァ


いちいち


そう思いながらも。


全てを見透かされているのも


もうどうでもよくて。


「そっか。 あたしに悪いと思ってケーキ焼いてきてくれたの?」



そういうことも


いちいち言わなくていいんだよ・・


胸にしまえよ。



そういう戸惑う表情をする彼が


もう


何とも言いようがなく


かわいくて。



「美味しい。 ほんっと・・」


美咲はクリームがついたままの唇を


そっと八神に寄せた。




いいよ。


ただの


欲望のはけ口でも。


あたしは


そんなの全然平気。


世界で一番


慎吾のこと好きだって


自信ある。




どうして


好きって言えないんだろ。


こうして


キスをして


体を重ねて。


美咲といることが一番


楽だって


わかってるのに。



指を絡めるように手を握り合って。


もう片方の手は優しく彼女の頭を撫でて


もっと優しいキスをして



おれたち


いったいどうなっちゃうんだろう。


それは八神自身もわからなかった。



傍から見たら


立派なカレシとカノジョだ。


そうじゃないって


いいわけしたくても


絶対に


人にうまいこと説明できない。



そのくらい


美咲の存在は


おれにとって


不思議で


切なくて


大切なもんだって


単細胞のおれは


もうそう思うだけで精一杯だ。

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