Mind

第71話 見えなくて(1)

「なんか一日中になっちゃったね。」


戻ってきた頃にはもう夜だった。


美咲のマンションまで送って行った。


「ね、ちょっと寄っていきなよ。」


美咲はそう言ったが、


「え? あ~・・明日から2日間斯波さんと仙台に出張なんだ。 朝早いから、」


と断った。


「出張? 大変だね。 あ、あたし牛タンと『萩の月』がいい。」


美咲は屈託なく笑った。


「食いもんかよ、」


苦笑いをしてしまった。




別に


明日はゆっくり出て行けばいいので、早いわけではなかったが。



美咲のところに寄ったら


また


『迷路』にはまってしまいそうで。


ウソをついてしまった。




美咲との距離を


保つことが精一杯で。


まったく


余裕がなかった。




「もう発車しちゃうだろうが、」


「すみません。 なんかさきいかが食いたくなっちゃって、」


八神は新幹線の席に戻ってきた。


斯波は難しそうな字がたくさんある本をずっと読んでいた。



ほんと


斯波さんって


無口だよな・・



正直


二人きりになると会話に困る。



八神は窓の外に目を移した。



ぼーっと通り過ぎる景色を見ていると、


「ほんっと東北新幹線の風景って、正しい田舎って感じでいいですよね~。」


ボソっと言ってしまった。


「おまえの実家に似てるんじゃないの?」


斯波は本を読みながらそう言った。


「ん~。 そうかなあ。 ほんっと昔はそれがいやで。 早く東京に行きたくって。」


「親に反対とかされなかったの?」


「されましたよ~。 音楽なんて趣味にすりゃいいって親は思ってたけど、おれは本気でやりたかったし。東京の音大に行きたいって言ったら、ふざけるな!って感じで。 学校にもお金かかるし、一人暮らしさせるのも金かかるしって。 ウチの姉ちゃんたちは全員地元にいるし、親だって東京で暮らしたことないし、未知の世界っぽかったんでしょうねえ。 おれなんか甘ったれの末っ子だったし、ぜったいにやっていけないって。それも反対されて。」



「だろうなあ。」



「でも、ばあちゃんが。 『あたしの持ってる山売ってもいいから、慎吾を東京にやってくれ。』って言ってくれて。それで親を説得してくれたんです。 ま、山は売らなくて済みましたけど。 嬉しかったなあ。」



「おれはずうっと東京だったし、そういうのはピンとこないけど。 でもまあ、幸せだったんじゃない?」


「そうですね。」


「ま、危なっかしいけど。 けっこうおまえは図々しく生きてるし、」


と言い放たれ、




「は?」



「志藤さんといつも言ってるもん。 玉田は真面目で神経質でほんっとしっかりしてるけど、八神は適当に図々しく生きてるって。 不思議に人に好かれるっていうか、頼りなさそうなところがいいのか、人が向こうから寄ってくるしって。」



「ちょっと。 おれ、いちおうもう26なんですけど?」


ちょっとむっとした。



「まあまあ。 それがいいのかもしれないし?」


斯波はふっと笑った。



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