第72話 見えなくて(2)

八神はまた唐突に


「おれ、音楽やめて・・正解だったんですよね?」


と斯波に言った。


「え?」


「そんな思いまでしてでてきた東京で、必死に頑張ってきたけど。 やっぱり、ここらが潮時なのかなあって。 プロとしてやっていけるのも、限界なのかなあって。 おれなりに悩みましたけど、」



「おまえがそう思ったのなら。 正解だったんじゃないの?」


斯波は落ち着いた表情で本を伏せてそう言った。



「斯波さん・・」


「こればっかりは。 本人しかわかんないし。おれだってずっとピアノを勉強してきたけど、自分にそんなに才能ないって気がついて。 今の道を選んだわけだし。」


「斯波さんは音楽誌の編集者だったんですよね、」



「うん。 最初は編集者してたけど、そこやめてからはパリやドイツできままに生活して、委託された原稿書いたしてた。 で、その前にいた雑誌社の編集長と志藤さんが知り合いだったから。 話もらって。 それでここ来たから。」



「お父さんって、あの東京シンフォニックのディレクターの斯波先生なんですよね?」


その問いには


答えずにまた本に目を落とした


父親の話を振ったとたん、斯波は黙り込んでしまった。



いけないこと


聞いちゃったのかな・・



八神は気にしたが、


「まあ、おまえがいまの状況に満足していられるのなら、間違いじゃなかったと思うけど、」


さっきの質問の答えをしてくれた。


ナゾが多い人なんだよな・・


プライベートな話なんか絶対にしないし。


今こうして


いろんなこと話してくれるのも初めてかも




「斯波さんて、いくつでしたっけ?」


急に話がかわったので、斯波はまた八神を見て、


「はあ?」


と聞き返してしまった。


「や、いくつなのかな~って」


顔が怖かったのでちょっと引いてしまった。


「・・33。」


ボソっと答えた。



妥当な年だよな・・


え? そんななんですか?


見えないなあ~


なんて


わざとらしくて言えないし。



また会話が途切れてしまい、何だか気まずくなって


「あ、彼女とかいるんですか?」


思いっきりプライベートに踏み込んでしまった。


「はあ??」


さらに驚いたように言われてしまい、


「あーっと、や、なんか、斯波さんってすっごいカッコイイのに、あんま女性の影がないっつーか、」


もう彼の顔が怖くてどんどんベラベラしゃべってしまう。


「・・べ、別に。」



動揺しているようにも思えるが


ものすごく不機嫌そうに返されてしまった。


というか


そこには絶対に触れるな、的なオーラが充満していた。



「あ、そうですか・・。」


ひきつり笑いをしてしまった。


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