第69話 あやふや(3)
「ん~、37.5℃かあ。 もうちょっとって感じだな。 明日も休んだら?」
八神は体温計を見て言った。
「まだ入ったばっかであんまり休むのもなあ・・」
美咲はベッドに入ってため息をつく。
「会社、どう?」
「え? 楽しいよ。 前にやってた仕事とそんなにかわんないけど。 今までは所詮は社長の娘として仕事してたって感じだったからさ。なんか初めて一人前って認められたような感じ、」
とニッコリと笑う。
「そっか。」
「やっぱり外に出てみるべきだね。」
「え?」
「慎吾がどうしても東京に行きたいって言った意味が今はわかる。」
美咲は八神を見た。
『え、ほんとに東京に行く気なの?』
『うん。 コンクールにも出たし、ちょっと自信ついたし。 東京の音大に行きたい。』
彼女にその話をしたのは高校2年の終わりくらいだった。
『東京にはうまい人いっぱいいるんだよ? 慎吾なんか簡単に蹴落とされちゃう、』
『それでも挑戦したいんだ。 それに。 ここも出たい。』
彼の言葉に美咲は驚く。
『もっと刺激的な毎日を送りたい。』
彼がコンクールなどで東京に出ることが多くなり、どんどん都会への憧れがつのってきていることは何となく感じていた。
『音楽を勉強するにはやっぱり東京へ行かないと。 おれ、ほんっと一生音楽を続けたい。どんな形でも。 大学へ行って、できれば・・留学もしたいし。』
「あたしは、あんまり勇気はなかったなァ。 東京へは遊びに行ったりすることはあったけど住みたいとか勉強したいとかはあんまり思わなかった。」
美咲は小さな声でつぶやくように言った。
「ま、後悔した時もあったよ?家に帰りたくなったこともあったし。 でも、北都フィルのオケに受かった時はほんっとに嬉しくて。 音楽続けてきてよかったあって。」
八神はその時のことを思い出しながら、ちょっと懐かしそうに言う。
「外に出て初めてわかることってあるし。 家族のありがたさとか。」
「おまえ、ほんっとなんもできねえもんな、」
クスっと笑う。
「ウチのお父さん、けっこう門限とかうるさかったから。 そういうのはすっごい自由になった~って感じだけど、今すっごい真面目に帰ってきてるもん。 外泊とかもしないし、」
美咲も笑った。
「外泊って、」
八神の顔を見てクスっと笑い、
「あ、気になった?」
と指を指して笑った。
「だから・・。 そういうんじゃなくって、」
「ウソウソ。 やっぱり明日熱下がってたら会社行くね。 早めに上がらせてもらうから。」
「無理すんなよ、」
「明日行ったらまた休みだもん。」
「週休二日だもんな。 いいよなあ、」
「慎吾は休みじゃないの?」
「基本休みは週イチだし。 まあ、明後日の土曜日は休みだけど、」
「そうなんだ、」
八神はちょっと間を空けた後、
「どっか、いく?」
と口をついて出た。
美咲は少し驚いたような顔をしたあと、満面の笑顔で
「うん、」
と頷いた。
正直
意味なかった
自分も暇だから、なんとなく、
だったのだが。
勝沼にいたころだって普通に休みの日に約束して二人ででかけることなんか何度もあった。
でも
何となく
今、美咲を誘うのに
ちょっとだけ勇気がいった。
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