第66話 テレパシー(3)

お昼前には出社することができた。


「すみませんでした、」


斯波のところに行くと、ふと顔を上げて彼を見てから


「ああ、」


いつものようにそっけなく言う。


またも理由を聞いてこなかった。



「あれ、八神、遅刻?」


南がすかさずつっこんだ。


「あ、えっと、」


「なんかヒゲも伸びちゃって・・あやし~、」


鋭いツッコミに、


「ちょっと時間なくって、」


とたじろいだ。


「シャツも昨日と一緒やし~、」



ったく余計なところに気づくなあ。


と思っていると、


「ね、どこ行ってたの?」


さらにしつこい南の攻撃が・・



「別にどこだっていいだろ、」


斯波が書類を書き込みながら南に言う。


「え、ちゃんと遅刻したら理由聞かなくちゃ。 けじめとして。」


「理由、」


八神は少し迷った。



斯波はそんな八神を見て


「最初に言える理由なら、初めっから言うだろ、」


と言った。



別に


やましい理由ではない。


ちゃんと言えばいいのに。


なんだか後ろめたくて言えなかった。



麻由子とはひとくぎりつけたものの、その後すぐに美咲の家に泊り込んでしまっただなんて。



「もう、斯波ちゃんは甘いなあ。」


「甘くない。 おまえも自分の仕事をしろよ。 人のことはいいから。」


「はあい。」


南は行ってしまった。



「あ、すみません。 別に言えない理由じゃなくて、」


八神は斯波に本当のことを言おうとしたが、


「もう、いいよ。」


そう言って席を立ってしまった。



本当に


いつもぶっきらぼうだけど


すっごく優しさを感じる人だよなあ。



八神は斯波の後姿を羨望のまなざしで見つめた。




午後からは外出しっぱなしで、社に戻ると6時を回っていた。


美咲、寝てっかな・・


ちょっと心配しながらデスクワークをしていると、斯波がタバコを手にいつものように難しい顔をしながら、


「もう帰れば?」


と八神に言った。


「え、」


「さっきっから、時計ばっかり気にしてる。 そんなんで仕事してもはかどらないから。」


「い、いえ・・大丈夫ですから。」


斯波は顔を上げて彼を見て、


「いいから。」


優しくもきっぱりとそう言われ、


「はい、」


八神はその言葉に甘えることにした。



急いで美咲のマンションに行ってみると、彼女は気持ち良さそうに爆睡していた。



こんだけ寝てりゃあ


大丈夫だよな。


笑ってしまった。



それにしても


昨日はてんてこまいで何もしなかったけど



キッタネー部屋。


辺りを見回した。



引越しが終わったばかりなのはわかるけど


ダンボールの箱はそのまんまだし。


きれいな部屋なのに、すっごい荷物が乱雑においてあるし。


脱いだものもそのまんま。


「しわになるじゃんか、」


ジャケットをさっと表面を払うようにしてハンガーに掛けてやる。



ほんと昔っから


掃除なんかしねえよな。


部屋も散らかってたし。


おれはこういうトコで生活できるヤツの気がしれない。




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