第61話 新たな道へ(1)

よかったぁ・・




麻由子の演奏を聴いて


八神は心から安堵した。



彼女の演奏が終わったとたん


八神は誰よりも早く立ち上がって拍手をした。



会場の観客も


それに続くように


立ち上がって拍手をすることをまるでためらわないように


彼女に喝采を送った。



もう


大丈夫だ


きっと



八神は確信した。




そして


コンクールの結果が発表になる



麻由子は第2位のコールを受けた。



舞台上で輝くような笑顔を見せて


その目は涙で潤んでいた。


コンクールで復帰したいと頑張り始めてからのこの短い時間で


ここまでまた引っ張り上げたことを考えると


本当に


すごい成績だった。



八神はホッとしてずっと席に座ったままでいた。



すると


後ろから肩を叩かれた。



振り返ると志藤が微笑んでいた。




「志藤さん、」



「よ。」


ニッコリ笑って手を上げた。



あんなに冷たいことを言っていたのに


彼女のことを気にして見に来てくれたんだ・・



それに


ちょこっと感動してしまった。



志藤は八神の隣の席に座った。


「おまえの努力が報われてよかったな。」


そう言われたが、


「いえ。 彼女が頑張っただけです。 おれは、」


とはにかんだ。


「ウン。 オケにいた時よりも、すっごく音も深く伸びやかになってたし。 彼女がいろんなことを乗り越えてきたんやなあってことがホンマにようわかった。」



八神は思い切って志藤に


「あのっ。 か、彼女をオケに戻してもらえますか?」


と聞いてみた。



志藤は八神の顔をジーっと見て、しばらく無言だった。



「ん・・。 それは、できないなあ。」


そして


つぶやくようにそう言った。



「ど、どうしてですか!?」


八神は必死に言った。



「このコンクールのランクからしたら、本当に十分すぎる結果だと思うんです! 実力だって、」



志藤はふうっと息をついて



「彼女に、会わせてくんない?」


と八神に言った。


「は?」




麻由子はインタビューなどを受けたり、友人たちに祝福されたりとコンクールが終わってもなかなか出てこれなかった。



八神のメールを見て、ホールの近くの喫茶店にやって来たのはもう夕方近くになっていた。


「す、すみません。 お待たせをしてしまって。」


麻由子は慌てて志藤と八神に頭を下げる。


「おめでと。 よかったな。」


志藤は微笑んだ。


「ありがとう、ございます! 本当に・・八神さんのおかげだと思ってます、」


また深々と頭を下げた。


「マユちゃんの実力だよ、」


八神も微笑んだ。



志藤はタバコを口にしながら


「八神からきみをオケに戻してもらえないかって言われたけど、」


と麻由子に言った。



「え・・」



彼女はハッと顔を上げた。


「それはね、できない。」


志藤はその言葉とはうらはらにニッコリと笑っていた。



「・・・」



麻由子はガッカリしたように肩を落とした。



「この日本の駆け出しのオケのいち楽団員で終わっちゃダメだ。 きみは。」


志藤は一転して厳しい表情でそう言った。




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