第56話 愛なのか(3)

麻由子はこの日、久しぶりに学校へ行っていた。


昼休み、八神からメールが届いていたのを知り慌てて開いた。



『昨日来てくれたんだね。 ごめんね。 美咲はおれの幼なじみで最近勝沼から出てきて今は近所に住んでいます。彼女、昨日マユちゃんにひどいことを言ってしまったと、逆に泣いていました。 マユちゃんにもいやな思いをさせてしまって本当にごめん。 美咲は感情が直情型で沸騰すると止まらないところがあって。 おれの方は熱はようやく下がりつつあります。練習のほうは順調ですか? もうすぐだから、頑張って。 落ち着いたらきちんと話をしたい。』



ホッとするような


何かが切れたような


そんな気持ちにかられた。




あの人。


必死だった。


ゆうべの美咲のことを思い出していた。


八神さんのこと、本気で


本気で好きなんだ。


そんな彼女のことを


八神さんは


全部わかっているかのように




「あ、神谷先輩、」


後輩が駆け寄ってきた。


「え、」


「コレ、あのう・・今、校門のところにピアニストの北都マサヒロさんが来てて。 これを神谷先輩に渡して欲しいって。 いきなりでびっくりしました、」


封筒を麻由子に手渡した。



・・・?


北都マサヒロさんが


あたしに?



封筒の中に


明後日、行われるコンサートのチケットが入っていた。


なぜ


彼がわざわざここまで


自分にコレを届けようと思ったのか


麻由子は


その理由を考えたいような


考えたくないような


そんな気持ちでいた。




「え、もう起きていいの?」


美咲が夜たずねて来ると、八神はキッチンで洗い物をしていた。


「ああ、うん。 けっこう熱下がったし、」


「扁桃腺炎だけじゃなくて、過労も少しあるみたいだって先生言ってたし。 少し体を休めないと。」


「子供じゃないんだから。 大丈夫だって、」


と笑う。


「慎吾・・ごめん、」


美咲はそれを手伝いながら言った。


「え、なに?」


「寝込んでる間。 彼女から電話とかメールとか・・来てたんだけど。 あたし、全部履歴消しちゃって。 着信も一回受けちゃって。 あの子にひどいことを言ってしまって、」


美咲はずっと心に重くのしかかっていたことを正直に八神に言った。


八神は少し黙ったあとに、


「美咲はおれのこと、心配してくれたんだから。 でも・・マユちゃんは全然悪くないんだ。 夢中になると何も見えなくなっちゃって。 真尋さんもそうだけど、アーティストってさ、やっぱ普通の人と違う部分あるし。 おれみたいな凡人にはとってもわかんないけど。 おれさあ、一人で盛り上がって。 あの子を助けたいとか、救ってやりたいとか。そんな風に考えてたのがもう・・思い上がりでさ。実際、おれなんかが手を貸す必要なんかなくて。 それが彼女のことを好きだってコトとはちょっと違ってたのかなって。 なんか寝込んでる時にいろいろ考えてちゃってさ。」



「慎吾、」


「なんか・・大きく羽ばたいて欲しいというか。 親みたいな気持ち、かな。」


いつもの笑顔でそう言った。




真尋のコンサートの当日、ようやく八神は復帰できた。


直接ホールに行くとリハが行われていた。


「あれっ?」


先に来ていた志藤が八神の姿を見つけて驚く。


「もういいんか、」


「あ、ほんっと長い間すみませんでした!」


慌てて頭を下げる。


「ええけども。 まだ顔色さえないんちゃうの? 真尋、おまえがおらへんでも真面目にやってたで、」


と笑った。


「いえ、このコンサートだけは・・どうしても来たかったから、」


と舞台の上の真尋を見る。




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