第20話 揺れて(2)

「なに、コレ・・」


美咲はその晩帰ってきた八神が持ってきた何枚かのコピーを見た。


「おれがこの部屋借りる時に世話になった不動産屋に寄ってきた。 この近所だけど適当に部屋見繕ってもらってコピーしてきてもらったから、」


八神は上着を脱いでネクタイを緩め、座った。


「・・これって、」


「美咲、本気で東京で暮らしたいなら、 ちゃんと部屋も探さないと。 会社の面接はどうだったの?」


「え・・結果は明日だけど。」


「仕事決まったら、ちゃんと部屋借りなくちゃ。部屋借りるってけっこう大変なんだから。 敷金も礼金もいるし。 金は大丈夫なの?」


「ま、まあ、貯金あるし・・」


「じゃあ、ちゃんと部屋探せ。 メシは?」


「まだ、」


「なんかあったかなァ・・」


八神は立ち上がって冷蔵庫の中を見た。



キッチンで手際よく料理を作り始める八神の背中に


「い、一緒に行ってくれない?」


美咲は不安そうな声で言った。



「不動産屋さんなんて、行ったこと、ないし。」



バカだな

ほんっと。

勢いよく出てきたくせに。


なんも

考えてねえんだから。



「いいよ。」

八神は振り向かずにそう返事をした。



「1階とかは・・ドロボウが入りそうだからやめといたほうがいいよね。 あと、オートロックとかじゃないと。ヘンな人が来るかもしれないし、」


どんどん不安になってきているのが手に取るようにわかる。



「東京に行く!ってタンカ切って来たんだろ~?」


ちょっとイジワルを言いたくなって、背を向けたままクスっと笑ってしまった。



できあがったオムライスを美咲の前に置いた。


「電気とかガスとか契約したり。 家電も揃えなくちゃ。 ほんっと金かかるぞ、」


「わ、わかってるよ・・そんなこと。」


美咲は子供のように膨れて

「いただきまっす!」

と手を合わせてオムライスを食べ始めた。



出てきちゃえばなんとかなるって

正直そう思ってた。


慎吾が何とかしてくれるんじゃないかって。

ひょっとして

住まわせてくれるんじゃないか、とか。



美咲は少し反省した。




「慎吾はえらいね、」


「え?」


「こうやってずっと一人で暮らしてたんだ、」


「なんだよ、急に。」


「東京の大学に行くって聞いた時、慎吾が一人暮らしなんかできっこないって思ってた。」


「最初はな~、いろいろ大変だったけど。」



美咲はオムライスをパクついた。


「家には連絡したの?」


「昼間、お母さんに。 友達のトコにいるからって。 住むトコ決まったら連絡するって、」


「心配してんだろうな、」



「・・・」


そう言われると胸が痛い。


「でも、あたしも頑張ってみたいんだもん、」


「え?」


「東京で。 慎吾みたく夢中に頑張ってみたいんだもん、」

と顔を上げた。



カワイイって

あんまり思ったことなかった。

人がいうほどでもないって。


でも

こうやって

不安を胸にしまいこんで

一生懸命虚勢を張る美咲は

カワイイ、とちょっとだけ思った。



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