第19話 揺れて(1)
「オケ辞めて。 実家でぶどう園手伝って。 なんかね、毎日虚しかったんですよ。 おれ、なにやってんだろって。 もうやりたいこともなんもないし、夢とかそんなのも全くなくなって。 居候みたく実家に世話になって埋もれていくのかなあって。 おれが落ち込んでたんで同級生たちが励ましてくれようとして、みんなで集まって飲んだんです。 おれ、すっげー飲んじゃって。 美咲に送ってもらったんですけど。 そのとき・・」
八神はその時のことを思い出していた。
酔っ払って道に座り込む八神に
「もう、ほら立って。」
美咲は手を引っ張った。
「も~、立てない・・先帰れよ、」
「何言ってるの。」
美咲は無理やり八神を立たせた。
「もー、ほっとけ。おれのことなんか。」
と彼女に言い放つと、
「ほっとけるわけないじゃん!」
美咲は怒ったようにそう言った。
「あたしは、慎吾が好きなんだから! ほっとけるわけないでしょ!」
すっごく酔っ払ってたけど
その時の驚いた気持ちは
今でも覚えてる。
美咲が自分のことをそんな風に思ってたことが
もう
青天の霹靂で。
びっくりしていると美咲が抱きついてきた。
「ほんっとに! 慎吾が好きだから! そんなに悲しい顔しないで。 あたしがそばにいるから!」
彼女は泣いていた。
そのあと
どうやってラブホまで来たのかは
覚えてなくて。
気がついたら
美咲を抱いてて。
なんで
そうしてしまったのかって
思い出そうとしても
全然思い出せない。
ただ
その後
どうしようもない罪悪感を覚えたことは
今も思い出す。
「そうかあ。」
南はそんな話を聞いて頬杖をついて彼を見た。
「それから1週間くらい後に。 志藤さんから電話があったんです。 事業部で仕事しないかって。」
『美咲。 おれ東京に戻る。』
すぐに隣に行って美咲に言った。
その時の彼女の
びっくりしたような顔。
無神経なおれは美咲の気持ちなんかひとっつも考えなかった。
もう
東京に戻れるのが嬉しくて。
事業部で仕事ができるのが嬉しくて。
彼女の気持ちなんか
これっぽっちも考えなかった。
『ごめんな。』
おれにとっては
美咲を抱いたことは
一時の気の迷いで。
そうやって
あっさりと謝って
許されることだって、思ってた。
美咲は
うつむいたまま何も言わなかったけど。
「まさか、まさか、ここまで来るとは全然、思わなくて・・」
八神は初めて美咲にしてしまったことを悔いていた。
「一途なんやなあ。」
「美咲はああ見えて、全然しっかりしてなくて。 東京で一人暮らしなんか絶対にできっこないんです。掃除も洗濯も料理も。 ほとんどやったことないし。 地元の名士の家に育って、なに不自由なく育って。 おれのためなんかにね、そこまでする必要ゼロだと思うんですよ。 もう、ほんっと重いっていうか、」
「彼女、ほんまに八神のことわかっちゃってる感じやったもんなあ。 あたしみたいなのはぜんっぜんタイプやないって、」
ちょっとだけ嫌味っぽく言うと、
「だっ、だから! や、そんなこと、ないっていうか、なくないっていうか、」
ものすごく慌て始めたので、南はおかしくなって笑ってしまった。
「ウソウソ。 ま、あんたもそのくらい彼女のことわかっちゃってるんやろし。 他人にはわからへんつながりってあるやろし。 でもな、ほんまに重いって思うなら、きちんとしったほうがいいと思う。 逃げたりしないで。」
南は真面目な顔でそう言った。
逃げる・・。
おれ
昔っから嫌なことから逃げてばっかだったなあ。
すぐ状況に流されるし。
ちょっとだけ反省した。
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