第10話 魅せられて(2)
「お! 八神~~!」
真尋もやってきた。
「真尋さん、」
「よく寝てたなあ。 ほんっと、このまま一生目が覚めないかと思っちゃった。」
さっきの南と同じコトを言われて、おかしくなって笑ってしまった。
「も、リサイタルもばっちし! アンコール3回もやっちゃって! 斯波っちにも褒められたし!」
満面の笑みで言う。
ほんっと
不思議な人だな。
いちいち
びっくりすることだらけだけど。
「な、再来週からから1ヶ月ウイーンに行くんだけどさ。 そん時もついてきてくれない?」
「は?」
「もうさあ、八神のメシ目当てがモロわかりなんやけど?」
南が呆れて言うと、
「やっぱさあ、海外に行くとね。 食生活が大事じゃん? 絵梨沙はまだまだ行かれそうもないしさ~。 あと、掃除と洗濯してくれる人がいると助かるんだよね、」
「ほんと、図々しいわよ。」
絵梨沙も呆れた。
海外で1ヶ月・・。
これまでのいきさつを考えると
とてつもなく過酷そうだったが。
でも
何だか嫌じゃない。
むしろ、
もっともっとこの人のピアノを聴いていたい気がする。
「志藤さん、行かせてくれますかね、」
「え、八神行くの?」
南は驚いた。
「もし、志藤さんが許してくれたら、」
「うわ~~~、物好き~。 あたしやったら絶対ヤだ。」
「なんだよ、ソレ、」
真尋は大いに不満そうだった。
その時から
真尋さんに喜んで欲しい
いいピアノを弾いて欲しい
それだけを望むようになっていた。
入社して1ヶ月。
おれは
生まれ変わって、ここで頑張るぞ~~!!
失敗もあるけど
だけど
毎日が楽しい。
八神は真尋のウイーンでの仕事にも同行させてもらえた。
「あ~、おれ海外初めてだあ、」
もう子供の遠足のように飛行機の中からわくわくしていた。
「え、ほんと?」
真尋は驚いた。
「ほんとですよ~。 大学時代もオケにいたころも海外には無縁でしたから。 金持ちのヤツらは親に金出してもらって留学なんかバンバンしてたけど、ウチ、そこまで余裕なかったし。 コンクールも日本のに出ただけで。もう東京の音大に行かせるってだけで精一杯って言われてましたから。」
真尋とは同い年で、こうして顔をつきあわせるようになるとすぐに打ち解けた。
「そっかあ。 八神んちぶどう作ってんだよな。」
「はあ。 今はオヤジと一番上の姉ちゃんが婿さんもらってるんで、一緒にやってます。 一応、おれ、長男なんですけど。おれには全く期待してないってこと、わかるでしょう?」
「ふーん。 ね、今度遊びに行ってもいい?」
「や、ほんと田舎ですから、」
苦笑いをした。
「兄弟は?姉ちゃんだけ?」
「姉ちゃんが、3人です。 しかも、上3人はほぼ年子なのに、おれだけすぐ上の姉ちゃんと8歳も年が離れてるんです。」
「ハハっ! いかにも恥かきっ子じゃん!!」
真尋はウケた。
「も~、ほんとそう言われ続けてきてるんですから。 どう考えてもおれは絶対に間違ってデキちゃった子なんだなあってモロわかりですからね。」
「楽しそうじゃん。」
「楽しくないっすよ。 ほんっともうパシリですから。 ウチにいたら。 おれがオケ辞めて、1年くらい実家に帰ってたときなんか、ほんっと肩身が狭くて。 2番目の姉ちゃんは結婚して近所に住んでて、一番下の姉ちゃんはいまだに独身なんで、実家に住んでるし。 オヤジの農園手伝いながら、おれここで一生埋もれていくのかなァって。そんな時、志藤さんから電話があって!」
嬉しそうに目を輝かせる。
「へえ~。 それで来たのかァ。」
「電話貰ってから1週間でこっち出てきちゃって。 志藤さん、驚いてました。」
笑った顔はまるで中学生だった。
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