第8話 掴まれて(4)

「何を暢気にメシ食ってんだっつーの! 就業時間中にっ!」


「す、すみません、すみません!」


八神は斯波の前に行き、平謝りだった。



もう夜7時を回っている。


「豆大福を持ってっただけなんだろ~? しかも、肝心のピアノの練習も見てこなかったってどーゆーことなんだっ! タダでおやつ持ってってんじゃねーんだぞ! あいつがどんだけ練習進んでるかのチェックが重要なんだ!ほんっとサボることしか頭にないし、気が向かないとやらないし! リサイタルまで時間ねーんだぞっ!!鼻先にエサをぶるさげながら、ピアノ弾かせるのが『真尋番』の仕事だっ!!」



そうだったんだ・・。


八神はこの仕事の『大変さ』を思い知る。


「何のためにあいつのおやつまで経費で落としてると思ってんだっ!」



そういう意味だったんだ…。


ものすごく反省してしまった。


「まあまあ。 ね、これ見て。」


南が割って入って、携帯にきたメールを見せた。


「は?」


そこには


『八神のハンバーグ最高! マジ、うまかった! ちょっとやる気おきてきた。 Masahiro』


「いちおう役に立ってるやん。 許してやったら? しかし意外な才能やなあ、」

南は八神の背中を叩いた。


「・・はあ、」


「真尋の餌付けに成功したらもう80%は操縦が成功したようなもんやから。 頑張ってな!」

ヘンな励ましをされた。




それからは

地獄だった。


「はあ? チキン南蛮?」


「どーしても食いたくなっちゃったんだよぉ~。 ね、できない?」


「できなくも、ないですが・・」


もう夜の11時だった。



やっと仕事終わって帰ってきたのに。


まだまだ仕事にも慣れない八神にとって『真尋番』はそれはそれは過酷だった。



とにかく

時間関係なく呼び出される。


それは食事を作って欲しいから、始まって

あれが見つからない

これが見つからない

ちょっとピアノいい感じになってきたけど聴いてくんない?


などなど。

就寝中に平気で呼び出された。



「ほんとに、すみません・・」


絵梨沙は度々、北都邸を訪れて食事を作ったり練習室でピアノを聴いたりしてくれる八神に恐縮していた。


「いえ。 リサイタルまであと3日ですから・・」

げっそりとしてそう言った。



しかし

リサイタルが近づけば近づくほど

真尋の奇行は激しくなり。



玉田から、真尋が以前ピアノを弾きすぎて腱鞘炎を患ったことがあることを聞かされていた八神は彼がオーバーワークにならないように見張っていなくてはならなかった。



「あたしが家にいるときはフォローしますから。」

絵梨沙は言うが、


「いえ。 まだ真鈴ちゃんが生まれて間もないのに絵梨沙さんに負担をかけられません。」



産後2ヶ月の彼女にこんなことさせたら大変だ。



「絵梨沙さんだってうちの大事なピアニストですから、」


八神は幼い笑顔を綻ばせた。

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