第5話 掴まれて(1)

「お~~! これこれ、」

もう一度、ザッハトルテを買って真尋のスタジオに行く。


「でも、なんかちっちぇーなあ、」

不満を言うのも忘れなかった。


「これしかなかったんですよ、」

八神は小さなため息をついた。


「ま、いーや、」

真尋はいきなりピアノのフタを閉め、その上で食べ始めた。


「そ、そんなところで食べたら・・」

思わず注意をしたが、

ジロっと睨まれ、


「・・いえ、」

怖くて引いてしまった。



その食べ方も

猛獣のようで。



「あ~~、うま~い! あ、ねえ、たがみくん、」


「は? 八神ですけど、」


「なんでもいいや。 ね、いくつなの?」


「26ですけど、」


「んじゃ、おれとおんなじじゃん! へ~、高校生くらいに見えるな、」

と豪快に笑った。



ものの5分でそれを食べ終わった真尋はおもむろにピアノのフタを開けて、指をちょこっと舐めて

いきなり弾き始めた。


え・・?


八神は石膏のように固まった。




すっげえ・・。


もちろん以前にも彼のピアノは聴いたことはあるものの。

この距離でこんな狭い空間で聴くのは初めてだ。



独特のタメと

しなやかな旋律。


全ての彼の感情が

鍵盤に乗りうつり

音となって体にまとわりついてくる。



もう死ぬほどうっとりとして聴いていると、いきなり真尋はピアノを弾くのをやめた。



え、なんで?



と思っていると、


「なんか帰りたくなっちゃった。 帰る。」


いきなり帰り仕度を始めた。



「あ、そこらへんにあるAV、よかったら好きなの持ってって。 おれもう全部見たから。 今度の時は豆大福がいいかな~。 カギ、よろしく。 のがみくん!!」

と笑って嵐のようにいなくなってしまった。



なんだぁ??


呆然としたあと、ドアの閉まる音でハッとして、


「やっ、八神です!!」

負け犬の遠吠えのようにその声が響き渡った。




「八神~! 仕事!」

南はニヤっと笑った。


「あんな、真尋・・豆大福食べたいねんて。 持ってってやってくれない?」


「はあ?」



昨日、ザッハトルテ食ったばっかなのに。


「あ、ちゃんとね、店も決まってんねん。 ここの豆大福しかアカンねん。 お願いね。」

南からメモを手の中にねじ込まれた。


おれは

あの人をオヤツを買うためにここに配属されたのか?


なんだかちょっと情けなくなってきた。



ため息をつきつつ、豆大福を持ってスタジオに行くと。



「は?」


誰もいなかった。



しかも


すんげ~~~、散らかってるし!

って、おれ昨日、掃除して行ったのに!!

たった1日でどーやってこんなに汚くできるんだっ!!



もう、あまりに理解に苦しむことばかりで、かなりのカルチャーショックを受けていた。


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