第4話 蒼の季節(4)

それにしても


きったねーなぁ。


八神は真尋のスタジオを掃除し始めたが、どんどんどんどん色んなものが出てきて驚く。


特に


このおびただしい数のエロDVDはなんだ?


しかも


脱いだシャツどころか


パンツまで発見されるし。



「こ、この洗濯物は、」


おそるおそる彼に話しかけると、


「ああ、そのへん置いといて。 あとで絵梨沙が来るから。」



絵梨沙・・。


そうか、あの絶世の美人ピアニスト・沢藤絵梨沙は


この人の奥さんなのだ。


信じられね~~~。




八神はふいっと部屋の隅を見た。


そこにはまるで古新聞のように無造作に楽譜が積み上げられていた。


その数は


エロDVDよりもさらにおびただしく。


ちょっとだけ手に取るが、ほとんどキレイで


書きこみなんかもほとんどない。



真尋は後ろをクルっと向いて、


「あ、勝手にいじるなよ、」


とにらみつけた。


「す、すみません。 あんまりキレイな楽譜で、」


慌ててもとに戻した。


「ああ、あんま使わないし。」


サラリとすごいことを言う。


「え?」


「だいたい2回くらい通せば、イケるし。」



え・・。


気がつけば


モーツアルトのピアノソナタ第5番ト長調K283


来た時は楽譜を目で追いながら、子供が初めてピアノをやるような感じでなぞっていたのに。


もう楽譜は閉じて、そらで弾いている。



それはもう


本当に


『モーツアルト』


だった。



「で、なんかないの?」


ピアノを弾きながら言われた。


「え?」


ちょっと真尋のピアノに聞き入ってしまっていたので、ハッとした。


「だから! お茶菓子くらい持って来いよ!」


と厳しく言われて、


「あっと、すみません。 志藤さんにちょっと様子を見て来いと言われて、」


「も~~~。 常識だろ~?」



本当に


小学生のように膨れた。


「ザッハトルテが食いたい。」


「は?」


「ザッハトルテ!」


「・・あのウイーンのお菓子、ですか?」


「そうそう! ただのチョコレートケーキじゃねーぞ。 ザッハトルテ!!」



ものすごいこだわりが感じられるくらいの勢いだった。




そのまま掃除だけして戻ってきたが


「ね、どやった?」


南がふふっと笑いながら八神に近づく。


「・・や、なんっか、」



うまく


言い表せない。


変人だってことは


わかってたけど。


なんか


ちょっと人間離れしたオーラをすっごい感じた。



「ザッハトルテって、どこに売ってるんでしょう、」


思い出してそう聞いた。


「は?」


「真尋さんに買ってきてって言われて、」


「ザッハトルテかあ。 前に買ったことあったなあ。 ちょっと領収書探すから。 買いに行ったらちゃんと領収書もらってきてね。 真尋のオヤツは経費で落ちることになってるから、」


と言われて



どんな経費だ


いったい



真尋がここでものすごい特別な存在であることが感じられた。



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