第3位 クロウ 『ショウリシャ』

人気投票賞品SS。第三位の九郎のエピソードになります。

時期としては第6話直前。ifストーリです。もし九郎が『ヘンシツシャ』のギフトではなく別の力を選んでいたら……といった内容です。


☠ ☠ ☠


「はっ、あっけねえ」


 足元に散らばった黒い犬の死体を見下ろし九郎は短く吐き捨てる。

 異世界に来て3日目。最初は酷いところに落とされはしたが、道中は至って順調と言えるだろう。


「しっかし弱えーなぁ……こっちの生物……。少し小突いただけで死んじまいやがんだから……」


 魔物がいると言われていた異世界。戦々恐々としていたが拍子抜けだと九郎は一人言ちる。

 しかし自分が強いだけだと思い直し、再び歩き出す。そろそろ景色も変わって来た。

 何も無い場所に転移してきた時はどうしたものかと途方に暮れたが、迷い子もそろそろ終わりだろう。

 聳える山が近付いている事に気分を奮いたたせて、足元の犬みたいなのを蹴飛ばす。

 遠くに小屋のような物が見える。荒野を彷徨うのも今日までだ。



「助けてくれてありがとう! 私はベルフラム・ディオーム・レミウス・アプサルティオーネ! お名前を聞いてもいいかしら?」

「クロウ。富士 九郎だ。大丈夫だったか?」

「はいっ! 私こんなに強い人初めて出会ったわ!」


 豪奢なドレスを着た赤髪の美少女が笑顔を浮かべた。

 小屋の中に囚われていたこの少女。4人の男達が襲い掛かって来たが、毛ほどの脅威でもなかった。

 顔ばかり強面でてんで動きがなっちゃいない。幼稚園児かと思うほど拙い動きで攻撃されて、笑ってしまったくらいだ。


「そんじゃ街まで送ってやっからよ……。つってもどこに街があんのか知らねえんだけど……」

「あの山の方角に向かえば、街道に出る筈よ。2日くらいかかるかしら?」

「別に2日も掛かんねえだろ。あっちだな?」

「え? ちょ、きゃぁっ!」


 九郎は助けた少女を抱えて走り出す。

 風のようなスピードで駆ける九郎に、肩で少女の悲鳴が聞こえる。

 こちらの世界に来てから身体能力は驚くほど向上していた。当然だろう。自分は所謂チートと言うものを得てこの世界にやって来たのだ。絶対死なない『フロウフシ』の体と、誰にも負けない『ショウリシャ』の『神の力ギフト』。

 正直、『フロウフシ』の力に頼った事は無い。九郎が願った『英雄』への鍵。『勝利者』の『神の力ギフト』のおかげか、世界が自分を中心に回っているのではと思えるくらい、九郎に都合の良いように事が運んでいた。

 ソリストネに言われて想い描いた自分自身。『英雄』になるために必要な事は何かと考え、そして九郎は『ショウリシャ』の『神の力ギフト』を手に入れた。

 『英雄』とは何か。『負けない者』……いや、常に『勝ち続ける者』と考えた結果だ。

 荒野の真ん中に転移して来た時はどうしようかとも思ったが、あれは所謂チュートリアル的なステージだったのだろう。襲って来る魔物も弱く、欠伸しながらでも負けることは無かった。食料もサボテンのような果実があったからそれで充分まかなえた。棘を飛ばして来たのだが、全てが自分を避けていったので何の為の棘なのか。


「着いたぜ。こっからどっち行けば街なんだ?」

「え? え? もう!? えっと……あっちだと思う……」

「はいよっ」


 少女を抱えて街道を走り抜けると直ぐに街が見えてきていた。


☠ ☠ ☠ ☠ ☠ ☠


「クロウ様。しばらくお城に滞在しては貰えないでしょうか?」


 馬車の中でベルフラムがしおらしく頼んできた。


「別にいいけど、何のために?」


 面倒臭そうに九郎は答える。正直早く次のステージへ向かいたかった。美少女とは言えベルフラムはまだ10歳の子供だ。九郎の考える女性の範疇からは外れている。自分は『10人から真実の愛』を得なければならない身。子供相手に遊んでいるのも時間の無駄に感じている。

 子供自体は好きな方だが、こう毎日関わっていると何の為に異世界に来たのか忘れてしまいそうになる。


「その……護衛の数も減ってしまいましたし……」


 ベルフラムは取り繕うように外へと視線を向けた。

 山のように大きなミミズに飲み込まれ、多くの護衛が死んでしまった。

 直前で逃れた九郎が一撃でミミズを倒したが、飲まれた人々は瓦礫の中で息絶えていた。

 どう言う訳か人が死んだと言うのに何の感情も湧いてはこなかった。九郎は『ショウリシャ』というものは人の屍を越えて行く者だと、朧気に理解し始めている。

 気乗りしない様子を見せた九郎にベルフラムは、さらに詰め寄り縋って来た。


「クロウ様。お願いです。私は今望まぬ結婚をさせられようとしているのです。どうかお力をお貸しください」


 必死に縋る少女に九郎は溜息を吐いて了承を告げる。

 年端もいかない少女が結婚を強要されていると聞いてしまったら断る事は出来ない。

 人助けのついでだと、肩を竦めて苦笑を浮かべる。


「その代わり、女の子紹介してくれよ? お姉さんでもいいぜ?」


 何気なしに言った言葉もえらく陳腐なものに感じた。

 自分の『神の力ギフト』があれば、女性を虜にすることなど朝飯前に感じていた。山と見紛うばかりの魔物も一撃で屠る。英雄になど直ぐになれそうだ。


(簡単な『神の指針クエスト』だったな)


 まだ一人も虜にしていないうちから、九郎は一人笑みを浮かべる。

 眼下に広がる青い湖を見下ろし、先の未来を夢想しながら。


☠ ☠ ☠ ☠ ☠ ☠


「何なんだよっ! 何なんだよ、それはぁぁ! チートかっ!? イケメンの癖にチーターなんて卑怯じゃねえのかよぉっ!!!!」


 目の前で中年の男が喚いていた。

 小鳥遊 雄一。この世界に来て初めて出会った九郎と同じ日本から転移して来た『来訪者』。

 それがベルフラムと結婚しようとしていた貴族だと聞かされ、流石の九郎も申し訳なさで落ち込んでいる。

 まさか異世界に来てまで日本人のHENTAIを見せつけられるとは思っても見なかった。

 結婚適齢期が低いとは聞いていたが、まるで海外で幼女売春をする日本人に出会ってしまったかのような、何とも言えない申し訳なさというか憤りと言うのか……。


「うっせ! ロリコン野郎! んなことだから規制されそうなんだろうがっ! お前等の趣味はっ!」


 妄想の類、平面まで規制しようとされていた故郷を思い出して頭が痛くなる。

 自分と同じ『来訪者』。所謂チート能力を得た目の前の中年は好き放題やらかしていた。8人の妻を迎えている事には目を瞑る。自分もハーレムを築かなければならない身だ。雄一を責める事など出来ないだろう。

 しかしその妻全員が一桁の幼女だというのには頭を抱えざるをえない。童貞を拗らせたまま異世界に来たロリコンが、好き放題やれる力を得た結果が、今目の前に広がっている。


「三次は参事って言ってたんだろうが、俺の目の前が参事だよっ!! 皆死んだ目しちゃってるじゃねえか! 可哀想だとは思わねえのかよ!」


 女好きなら女性を大事にするべきだ。ましてや子供に暗い表情をさせるのは大人として間違っている。

 怒鳴って九郎は地面を蹴る。一瞬で距離を詰め、拳を突き出す。


「ぐ……ふぇぇぇぇぇ……」


 腹に一撃入れただけで雄一はくの字に折れ曲がって苦悶の声をあげた。

 それでも同じチートを得ているだけは有る。

 九郎の回りの空間が歪み、水で出来た槍が何本も飛来する。


「男と水遊びする気はねえんだよっ!」


 それを全て紙一重で避けて、蹲った雄一の顔面を蹴り上げる。


「ぐぺぺっ!」


 舌を噛んだのか。蹴り上げられた瞬間、赤い何かを飛び散らかして雄一が口を押える。


「くわせvぉいわqxkhふじこっ!」


 良く分からない叫び声を上げて雄一が憎悪の瞳を向けて来た。

 同時に空間が歪んで中から幼女が飛び出してくる。


「男同士の喧嘩に女……しかも幼女を嗾けてくんなんざ、最低だなっ! おいっ!」


 槍や剣、鉄扇やナイフをもった幼女を九郎は一人一人気絶させる。

 動きは遅いし、リーチも無い。本当に幼稚園児にじゃれつかれている様なものだが、危ないので大人しくしていて欲しい。


(最近幼女にご縁があるようで……早く女の子と遊びてえのに……子供ばっかじゃねえか)


 眉を顰めて九郎はちらりと後ろに視線を向ける。

 ベルフラムは目の前の戦いに呆けたように口を開けて目を見開いている。


「ぎぃぃぃぃぃっ!!! ぐぞっだれぇぇぇぇぇ!!」

「おっせえよっ!!」


 雄一が苦悶の表情のまま両手を前に突き出した。

 何が来ても大丈夫だろうが、後ろにまで害を及ぼされてはまた九郎自身が落ち込みそうだ。

 海外でやらかす日本人を見る度に思ってしまう申し訳なさ。その感情を何というのか分からないが、これ以上日本の恥を異世界に広めるのは止してもらいたい。


 一瞬で距離を詰め繰り出した右拳が雄一の頬を捕える。


 ゴギン


「あ、やべ……」


 雄一の首から人の体から鳴ってはいけない音がした。

 慌てて覗き込むが既に遅い。だらりと先の千切れた舌を垂らし、雄一の首は体と逆に向いてしまっていた。

 殺すつもりは無かった。この世界に来てから野盗は何人か殺してしまった事も有る。

 しかし同郷の日本人を殺してしまった事には少なからずショックを覚えた。

 だがその感情も小さなモノ。『ショウリシャ』の『神の力ギフト』の所為か、罪悪感は湧いてこない。


「ま、自業自得って事だわな……」


 そう一人言ちり、雄一を一瞥すると後ろを振り返る。

 周りからは驚愕と歓喜と興奮に満ちた歓声が上がっていた。


☠ ☠ ☠ ☠ ☠ ☠


「王様~。ベルフラムの事ちゃんと言ってくれたんすか~?」


 およそ王に対する態度には些か敬意が足りていないような言葉使いで九郎が尋ねる。


「おお、英雄殿。間違いなくレミウスに言いつけてある。公爵の娘に自由を与えるよう勅命も出しているから心配無用じゃ」


 それに対して国王の方が恐縮した様子で答えてきていた。


 アプサル王国の首都。アプサルティムの白亜の宮殿。国の一等地に建てられた新たな九郎の住居での一幕。

 『青の英雄』、小鳥遊 雄一を倒した事で九郎の名は瞬く間に国中に広がっていた。

 もとから雄一は力は強くても性格に難が有り、王も手を焼かされていたようだ。

 『青の英雄』に代わり『黒の英雄』となった九郎は、ベルフラムの紹介を経て国の近衛にまで上り詰めていた。

 近衛兵のトップとしての身分ではあったが、九郎の自由は保障されており、大きな戦争や、災害級の魔物でも現れない限り九郎の仕事は無いと言って良い。訓練をしようにも他の近衛との実力差が有り過ぎて、訓練にすらならないのだ。

 地位を得た九郎はベルフラムの望んだ通り、彼女に自由を約束するよう王に取り付けていた。


「ありがとうございます、クロウ様。感謝します……」


 最後の彼女は少しだけ名残惜しそうだったが、礼を言った後は振り返らずに自分の街へと帰って行った。

 まだまだ問題は残されているようにも見えたが、全てを自分が手伝ってやる義理も無く、またおせっかいとも感じていたので、九郎は陰から支援するくらいに留めている。

 半分利用された様な気もするが、子供が大人を上手く使うのは褒められるべき事だろう。

 そう一人納得して、九郎は王都に出向いていた。


「しっかし、王様に言ったっすよね? もう家もいっぱいだって」

「しかし、望んだのは英雄殿では無いか? それに英雄色を好むと言うだろう?」


 一躍国の英雄に躍り出た九郎は多くの女性を囲うことになっていた。

 強い者が好まれるこの国で、金も地位も名誉も手にし、さらに敵う者のいない程の力を手にした九郎に言いよる女性は星の数ほどいた。

 この国で重婚は普通の事のようで、貴族の娘から王の3女、果ては未亡人まで宛がわれて今や九郎の宮殿は女性だらけだ。九郎自身が地位に頓着しないので、容姿に自信のある村娘や、遠方から冒険者まで九郎の寵愛を得ようと集まって来ている。


「俺10人でいいんすよ? 今何人いると思ってんすかっ! 38人ス! 寝る間もねえってこのことっすよ!?」

「しかし貴殿は底無しと聞くが? 流石英雄。あっちのほうもお強い」

「王様がそんな下世話な冗談いってんじゃねえっ! ってか俺もう『神の指針クエスト』とっくにクリアしてる筈だけど……どうなってんだろ?」


『5人に本心から抱かれたいと思われるまで、子供を作る行為は出来ない』。そんな禁忌もあったかと忘れていたくらいに、呆気ないほど短期間で禁忌は解除されていた。何せ今や国中の女が九郎に抱かれたいと集まって来るのだ。『フロウフシ』で底無しの体力を持つ九郎であっても、これはちょっと爛れすぎではないかと思ってしまう程自堕落で色に満ちた生活。男なのだから多くの女性と関係できることは喜ばしいのだが、流石にちょっとヤリ過ぎな気がしてしまう。

 それに自分に課せられた『神の指針クエスト』はとうの昔にクリアしていると思われた。

 宮殿に住む恋人たちは誰もが九郎に愛を囁く。女性の中で序列でもあるのか、抜け駆けしようといがみ合っている姿を見るのは思った以上に心苦しい。九郎の前では仲良くして見せているが、裏では骨肉の争いが起こっているようだ。刃傷沙汰に発展する前に宮殿を分けてもらうかとも考え中である。


「ふむ……英雄殿に 『神の指針クエスト』を授けられたのは白の神と黒の神であったな? では一度神殿に伺ってみてはどうだろうか」


 王が顎に手をやり考え込むと九郎にそう提案して来た。

 最初は九郎を繋ぎとめる為に、多くの女を宛がったが、いまやその必要も無いくらいに九郎の恋人は増え続けている。一騎当千の兵力を傍に繋ぎとめる為とは言え、これ以上増やしても国庫が減っていくばかりだ。

 九郎自身も魔物を狩ったりしてくれるのでそれ程負担な訳でも無いが、これ以上九郎一人に美女が集まると国の男から不満が出そうだ。

 言葉にしない色々な考えを巡らせ提案したその言葉に、九郎はすぐに乗って来た。


「マジ!? 聞けるんだったら聞きてえ! つか間違いなく達成してると思うけど、逆にビビらせてやりてえ! ずっと担い手の無かった『神の指針クエスト』って言ってたし、こんなに早く達成するとは思ってもいねえだろうしな!」


 自信ありげに笑みを浮かべる九郎に、王は何とも言えない表情を浮かべて黙り込む。

 その顔には哀愁のようなものが広がっている。

 国で一番権力を持ち、富も名声も力も持つ王だからこそ予想出来る結末。

 富に、力に、名声に集う者達に愛があるものか。九郎は愛を与えているかも知れないが、彼女たちは九郎の愛を求めている。決して愛を受けてはいない事にいつ彼は気付くだろうか。

 全てを手にして生まれてきたアプサル王国国王だからこそ思ってしまう。


 与える事など意識に無く、受け取る事だけを望んで囀る愛。庇護され安寧な暮らしを望む女性達。そこに真実の愛など望むべくも無いだろう事を。

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