不死者(ノスフェラトウ)に愛の手を! SS置き場
赤丸そふと
第一回キャラクター人気投票 SS
第4位 シルヴィア 『鴉の子』
「なんだかすっげーみすぼらしい奴が現れたってよ」
ふと耳に入って来た噂話に尖った耳がピクリと動いた。
大森林を臨む小国、ミラデルフィアの港町、フーガを歩いていた一人の少女が通りの真ん中で足を止めていた。
若草色の髪を高い位置で結び、髪と同じ明るい緑の瞳の少女。くりくりと好奇心旺盛そうな大きな目を動かし、声のした方にそれとなく意識を向けている。
華奢な体躯と子供のような身長、人族よりも長い耳と草木を思わせる淡い髪色は森林族の特徴だ。女には珍しい職業、冒険者を生業にしているのか革の胸当てと長いブーツ。そして体をすっぽり覆う緑色の外套。熱帯のこの地方では少々暑苦しい格好と言える。
とは言え尻の見えそうな短いズボンと肩と臍を晒す上着からも彼女もこの国の冒険者であることが伺える。きっと
「知ってる知ってる。何でも殆んど裸でこの街に現れたってな? 全くどこから来たんだか……」
「裸って本当かよ!? 川でも逆登って来やがったんかぁ!?」
「鱗は無かったってよ!」
ゲラゲラと笑う男達の会話に耳をピクピク動かしていた少女は再び歩き出す。
その歩幅は先程よりも幾分広い。
(笑っとらんと手を貸してやらんかっ! バカもん! 戦災か何かじゃったら可哀想じゃろうが!)
言いようの無い憤りを感じたまま、森林族の少女シルヴィアは足早に情報を集め始める。
まず最初に向かうべき場所は決まっている。
通りをズンズン歩き、分け入るように入り組んだ路地を通って近道をする。
目の前に現れたのは簡素な装いの商店だ。
「シャルル、おるかぁ~!」
扉の呼び鈴を鳴らし、言葉と同時に中に入る。
「シルヴィ~!」
中にいた薄青色の長い髪を綺麗に結い上げた少女が、シルヴィアの顔を見るなり微笑みながら両手を広げた。
シルヴィアの妹分のシャルル。歳はシルヴィアよりは20は年下だった筈だ。
その話を森林族を知らない者が聞けば何の冗談かと笑うのだろうが、シルヴィアもシャルルもこの街では最年長に数えられるほど長く生きていた。
シルヴィアも今年で167歳。シャルルは子供どころか孫までいるし、近く玄孫が生まれるらしい。
見た目とはかけ離れた年齢の少女達がお互いの顔を見合わせ微笑みあう。
「今日は森に行ったの~? 何を狩ってきたの~? あ~、『レミラスカル』じゃな~い。さっすがシルヴィ、毛皮も痛んでないわね~」
間延びした口調でおっとりしゃべるのがシャルルの特徴だ。
シルヴィアが今日狩って来たばかりの魔物の毛皮を一目で言い当て、目を細めて誉めそやして来る。
シャルルはこの店で素材屋を営んでいる。素材屋とは冒険者が狩って来た魔物の部位を買い取り、様々な店に卸す店のことだ。
「別に査定は急いどらんから後でええ! それより聞きたいことがあるんじゃが……」
もう100年以上付き合いのある妹分の事は信用している。その御眼鏡に叶った事は誇らしいが、それよりも今日は別の用事で来ている。シルヴィアは先程聞いた噂話を手早く話す。
「あ~……『
シルヴィアが10説明し終わらない内にシャルルがのんびり答えてきた。
「なっ!? もう二つ名が付いておるんか!?」
シルヴィアが驚愕して目を見開く。『二つ名』とは冒険者として名を上げた者に贈られる仇名のようなものだ。だがそれ相応の事を成し遂げなければいつまで経っても『
「だって殆んど裸で大森林を突っ切って来たらしいのよ~。法螺話じゃなければ~……」
「んなもん嘘に決まっておろうが……『
シャルルが半信半疑……というよりかなり疑わしいといった感じで苦笑を浮かべた。
シルヴィアも話を聞いて即座に嘘と断じてしまう。人の街に入って来られる種族に於いて、肌を晒して森を抜けることの出来る種族はいない。大きな括りで言うなれば獣人の一種族『
しかしその他の種族であれば、たちどころに大森林の洗礼をうけ大地にひれ伏す事になる。毒草毒虫の
「それで!? そ奴は今どこに居りそうなんじゃ?」
「なんか無一文らしくて~……ソートム通りの端っこで座ってる所を誰かが見たって~……」
「ソートムじゃな!? あい、分かった!!」
食いかかるようにシルヴィアが尋ねると、シャルルは自信無さ気に呟く。
その言葉も聞き終わらぬ内にシルヴィアは外へと飛び出していた。
やはりシャルルの所へ来て正解だった。冒険者が集まるこの店は多くの情報が一番に集まる場所でもある。シャルルの人柄もあってみんなが噂話も持ち込むのだ。
後ろでシャルルの呆れたようなため息が聞こえた気がしたが、それもいつもの事だ。慌ただしく店を後にして、シルヴィアは街の中心から外れた川縁の通り、ソートム通りを目指して走りだしていた。
♡♥❤♥♡♡♥❤♥♡♡♥❤♥♡♡♥❤♥♡♡♥❤♥♡
「あやつかのぅ……?」
ソートム通りに駆け込んできたシルヴィアは、荒くなった息を整えながらキョロキョロと辺りを見渡し、目を細めた。
ソートム通りはナガラジャ川に面した通り。陸側には主に布を扱う店が多く、染色の為に川に面した店構えになっているのが多い。何本もの木の桟橋が川に向かって伸びている。落ちかけた夕陽が川をオレンジ色に染め、キラキラと輝いて見える。
その光に目を細め、森林族の人より優れた視力で川縁を順に見ていくと、人の行き交いの中から外れてポツンと一人桟橋に座り込んでいる人影が見えた。
(寂しそうじゃぁ……。こりゃぁ、やっぱり戦災孤児かなんかじゃろうか)
言い得ぬ寂寥感にシルヴィアは顔を曇らせてギュッと胸を押さえる。
桟橋に座り込むその人影は、膝を抱え、見るからに寂しそうに見えていた。
居ても立ってもおられず、シルヴィアは桟橋へと歩みを進める。
近付いて行くにつれ人影のシルエットが徐々に色を見せ始める。
(なるほど……『
同時にシルヴィアも視線を泳がせ頬が赤く染まって行く。
『
その体躯は大きいように見えるが、筋肉の量は無くは無いが、戦士の力強さは感じない。
本当に焼け出されたような格好だ。
(照れてる場合じゃ無いの)
服装の余りのみすぼらしさに、男の裸体への気恥ずかしさを押し込めシルヴィアは男に近付く。
ほぼ攻撃圏内に入っていると言うのに男はシルヴィアに気付いた様子も見せない。
あまりに無警戒すぎてシルヴィアの方が緊張してしまう。これほど無防備だと、直ぐに襲われてしまうのではと感じてしまう。この国では死が蔓延している為か、盗賊やチンピラの類も多い。
警戒心の無いものは直ぐに屍を晒す事になるのは常識とも言える。
(……とは言え……盗られるもんも無さそうじゃがの……)
無警戒過ぎて呆れてしまったシルヴィアであったが、男の格好からその危険性が皆無な事に気付き肩を竦めた。
男は腰布以外何も持っていないように見えた。それこそ隠す場所も無いほど、ただ一枚の布で最低限の尊厳を保っている様なみすぼらしい格好。もう盗られるものは命しか残っていないような格好に、今度は憐みが勝って来た。
「お主……こんな所で何しちょるんじゃ?」
「どぅふぁぁぁっ!!?」
「ふぉぁっ!?」
出来るだけ警戒されないよう優しい声色で声を掛けたつもりが、男は予想外に驚きを相していた。
もう手を伸ばせば触れられる距離まで近づいていたと言うのに、まだ気付いていなかった様子だ。
余りの無警戒ぶりにシルヴィアも驚いてしまった。急に大声を出されたからとも言う。
「な……なんだ?」
男はびっくりしたと胸を押さえながら、訝しげにシルヴィアを仰ぎ見た。
「う……うむ……。いや、用は無いんじゃが……こんな場所で蹲っちょるのが気になっての……」
同様に胸を押さえてシルヴィアが引きつった笑みを浮かべる。同時に夕陽に照らされた男の顔を観察する。
まだ歳若い人族の若者だ。20は生きていないだろう。髭も生えておらず、垂れ目がちの大きな黒い目には自分を訝しがる光が浮かんでいる。男にしては長めの黒髪は少し癖があり、整っていると言えそうな顔つきは、警戒心からか不安げに歪んでいるようにも見えた。
(
夕陽を眺めポツンと佇む男にシルヴィアは率直な感想を思い浮かべる。
なかなか珍しい黒髪黒目の青年。寂しそうに夕陽を眺めるその様子は、親と
「別に……何もしてねぇ……」
男はしばらくシルヴィアを訝しげに見ていたが、ふいに視線を夕陽に向けぶっきら棒に呟いた。
(やっぱり……そうじゃろうなぁぁ……)
男の態度にシルヴィアの胸が苦しくなる。寂しそうな横顔と世を儚んだような
「そうか? ほなら丁度ええわいっ! お主、ちょっと儂に付きあっとくれ」
「は? あ、ちょっと!? 逆ナン!?」
一人で男の境遇を決めつけ、シルヴィアは男の腕を引く。座っていると見えそうな股間からは眼を逸らし、細い腕で懸命に引っ張る。
男は驚いた様子で良く分からない単語を口にして目を丸くしていた。やはり他国の者なのだろう。
根負けしたのか、それともシルヴィアの細い体で懸命に男を引っ張る仕草に気を使ったのか、男はしぶしぶながら立ち上がる。
「お主、今日フーガに着いた者じゃろう? 噂は聞いちょる! とりあえず儂の街に来たんじゃから歓迎してやろうと思っての?」
全ての者にそう言っている訳では無かったが、シルヴィアは言い慣れた言葉を口にする。
故郷では無いがこの街を根城にしてからもう100年は経っている。第二の故郷に訪れた者が、直ぐに屍を晒してしまうのは忍びないと、若い老婆心が訴えていた。
シルヴィアの言葉に男は困惑した表情を浮かべ、どこか寂しそうに苦笑している。
(ま、お節介かも知れんが、今日くらいはええじゃろ……。人族の人生は短い。少しでも長く生き伸びて欲しいものじゃ……)
生き延び、落ち延びたであろう男を思い、シルヴィアは心の中で願う。
来る者来る者面倒を見ていては自分の生活も成り立たないが、元から命の短い人族には少しでも長く生きていて欲しいと思っている。悠久の時を生きる森林族の自分とは違い、100まで生きる者も稀な人族。
その短い命の期間、少しでも楽しい時が多い方が良いだろうと、世話焼きの血が騒いでいた。
「ちょ!? ちょっとぉぉ!?」
男の声はいまだに困惑を隠しきれない様子だった。
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