3-11.役割

 ネリが僅かに落ち着いたところで、住民たちの安否を気にしたセノンが急いで様子を見に行きたいと訴えた。


 だが憔悴しきったネリは満足に移動も出来ない様子であり、昼同様にセノンがネリを背負って住民の避難先に三人で移動した。

 ネリは涙や汗やセノンの血などで酷い有様になっており、体には全く力が入っていなかった。



 避難先で三人を出迎えた村長に魔獣の殲滅を伝え、セノンは怪我人の回復を申し出る。

 同時にネリの安否を心配し近づいた両親にネリを預けると、そのただならぬ様子に両親はひどく心配した。


 しかし、道中魔獣に遭遇し、目の前で一人の青年が亡くなったことを伝えると、両親は娘を哀れみ慰めた。

 青年の家族も悲しみ嗚咽を漏らし、周囲の住民はネリと青年の家族に憐憫の視線を向けた。


 セノンが怪我人の治癒を始めると、事前に予測していた通り重傷人はおらず、件の青年以外に命を落とした人もいなかった。

 襲撃の規模を考えると、不幸中の幸いと言える。


 ただ消耗したセノンの魔力では全員を全快させることはできず、比較的大きな怪我人を治すに留まった。

 それでも住民はみな感謝してくれたが、悔しい気持ちがセノンの胸を満たした。



「すみません、僕らの力が及ばず…村がこんな有様で、人の命まで…」



 あちこち破壊された村を見て、セノンはそうこぼす。

 しかし、それを受けた村長は首を振る。



「どうか謝られないで下さい。むしろ、お二方がいて下さって私たちは幸運でした。もしおられなかったら、私たちは為すすべなく皆殺しにされていたでしょう…ただ私たちは、運悪く魔獣に村を襲われただけです」



 村長の言葉に、両親に抱かれるネリの体がびくりと怯えたように震え、また嗚咽をあげて泣きだした。

 その様子に周囲の人々がわずかに胡乱気な目を向ける。


 セノンもその様子を視界の端に捉えながら、それは違う、と心の中で村長の言葉を否定した。


 自分たちが来なければ、この村は魔獣に襲われずに済んだかもしれないのだ。

 だがそれを伝えたところで、状況はなにも好転しない。


 黙っている以外に、出来る事はなかった。



「…ああ、どうか気に病まないでください…あなた方には、とても感謝しています」



 セノンの沈痛な面持ちを何か誤解したのか、村長は気遣わしげな声をセノンに掛ける。

 そのタイミングを見計らって、カイオが話し始めた。



「すみません。私たちは明日早朝、明るくなる前から魔獣の討伐を再開します。可能な限り殲滅しますし、特にこの村の場所を持ち帰ったかもしれない鬼人どもは一刻も早く根絶やしにする必要があります。その為にも、そろそろお暇させて頂きたいのですが…」



 気が付くと、夜遅くから魔獣の迎撃に住民の治療と重なったため、深夜と言って差し支えのない時間になっている。


 明日中に確実に殲滅するためにも、あと数時間で出発時間になることも考慮し、そろそろ眠りにつかないと不味い。

 消耗した体力と魔力を十分に回復させられないまま討伐に挑むなど、自殺行為でしかない。


 ただ住民たちは、残った怪我人の治療や家屋の破壊された住民の寝床確保、危険な瓦礫の撤去などを済ませるまでは休むわけにはいかないだろう。

 周囲が不眠で作業する中、二人だけ休ませてもらうことになる。



「おお、そうですな…討伐者様たちは、魔獣を討つことこそが務め。見たところお二方も大変お疲れのようですし、どうか私たちのことは気にせず、ゆっくり休まれてください」

「ありがとうございます。課せられた役目は必ず果たします」



 村長の言葉に、カイオは頭を下げ感謝を述べる。

 カイオの発言に不快感を表す住民も僅かにいたが、ほとんどは理解を示してくれていた。


 村長とカイオの言う通り、自分たちの役割は魔物を殺すことだ。

 決して怪我人を治療したり、壊れた家屋の補修を手伝ったりと、村の復興を手伝うことではない。


 セノンにも、それは分かっている。

 しかし二人で小屋に向かって歩きながらも、セノンの表情は明らかに沈鬱だ。



「…」

「セノン様。目的を見誤らないでください。一時的な同情をしても、私たちはずっとここに居れるわけではありません」

「…分かってるよ。でも、いる間に手伝うくらい…」

「刹那的な感情に流されて果たすべき役割を仕損じては、本末転倒です。一番消耗しているのはセノン様です。もしどうしても言うなら、私に命じてください」

「…それは、悪いよ」



 セノンの弱弱しい言葉を最後にしばし無言で歩き、小屋につくとカイオはセノンに再度声を掛けた。



「お疲れでしょうから、今日はこれを飲んで寝て下さい。すぐ眠れて魔力もよく回復します」



 カイオからそんな言葉とともに魔法薬を渡される。

 かなり高価で貴重な薬だが、背に腹は代えられない。

 セノンは黙ってそれを受け取った。


 セノンは小屋に入るとすぐに寝支度を整え、魔法薬を飲んでからベッドに潜り込む。


 外からは僅かに、物音や話し声が聞こえてくる気がする。

 無意識に村のことやネリのことを考えてしまい、もやもやと悩んで目が冴えてしまう。


 しかし具体的なことを考える前に薬が効き、セノンは夢すら見ずに時間まで眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る