3-10.罪

 その後、カイオとセノンは村に入り込んだ魔獣を一時間程で殲滅した。



 セノンが常に戦闘よりも魔獣の動きに意識を張ったことで、それ以上の人的被害はなし。


 ただ、途中で鬼人たちにこちらの気配を気取られ三匹ほど逃がしてしまった。

 住民の安否確認を優先するために、追いかけていない。

 どちらにしろ、この暗い夜道で深追いすることは不可能だ。



「よし、魔獣はいなくなった。みんなの安全を確認しにいこう。怪我人の治療もしないと」



 立ち止まって物音に集中していたセノンはそう判断し、再び走り出そうとする。

 傷を直してから時間も経ち、だいぶ調子を取り戻していた。



「ちょっと待って下さい。その前に確かめたいことがあります」



 しかしそんなセノンが動き出そうとするのを、カイオが制する。

 その言葉に、セノンはじれったそうにする。



「カイオ、なに?怪我人がいるなら急がないと…」

「セノン様の聴く限り、重傷人はいないのでしょう?すぐ済みますし、大丈夫です」



 カイオはそう告げると、セノン…正確には、セノンに手を引かれるネリに近づく。



「さっきから気になっていたのですが…あなた、服の胸元に何を隠しているのですか?」

「あ…」



 問いかけに、ネリはびくりと体を震わせた。相変わらず、手で服の胸元を掴み怯えている。



「ネリ…?」

「これ、は…」

「見せて下さい」



 カイオの言葉に、少し躊躇ったがネリは大人しく従った。


 ネリは服の襟から胸元に手を入れると、首からかけていた紐を引っ張り、先端に結び付けた卵の大きさほどの小さく薄い布袋を取り出した。

 胸元に手をやっていたのは、服の上からこれに触れていたかららしい。


 そのまま首から外し、カイオに手渡す。



「開けてみても?」



 問われ、ネリはセノンをちらりと見てから弱弱しく頷く。

 カイオが袋を開けて取り出したのは、美しい光沢を持つ魔獣の爪だった。



「それ、僕があげた…いつの間に、そんなところに…?」

「…前までは、お守り替わりに森で見つけた宝石の欠片を入れてたんです。でも、これを貰ったあとに入れ替えて、それで…」



 出てきたものにセノンは思わずこぼし、ネリが辿々しく説明する。

 一方でカイオは、爪を見つめて何事か思案する。



「…あなた、ちょっとこれを手に乗せて下さい。そして、なにか強い感情を手に込めてみて下さい」

「強い、感情…?」



 返された爪を受け取り、ネリは困惑する。



「何かを癒したい、何かを傷つけたい。或いは、何かが欲しいと強く願う。そのくらいでいいです」



 カイオのその言葉に、セノンは引っ掛かりを覚える。

 以前にどこかで聞いた言葉だ。

 ネリは困惑しつつも、言われた通り意識を掌に集中する。


 その途端、掌の爪から弱弱しい魔力が漏れ出た。


 それを認めたカイオは素早く手を伸ばし、ネリの手から爪を奪い取る。

 すると、魔力はあっという間に霧散した。



「あっ…!」

「今の…!?」



 目の前にしてセノンは確信を得た。

 今のは、魔獣襲撃前に時折感じていた違和感の正体だ。

 そして、カイオの言葉の既知感の理由も思い至る。


 あれは、初めて発動体に魔力を流す人に掛けられるアドバイスの言葉だ。

 自分も昔、人から掛けられたことがある。



「それっ、返してください!私の、宝物なんです…!」

「いけません。少し、落ち着いて下さい」



 目の前で自分が起こした現象にも気づかず、ネリは必死にカイオから爪を取り返そうとする。

 カイオに嗜められても諦めるどころか、より一層必死になって手を伸ばす。


 しかしカイオはそれを許さない。

 少女が起こした現象と、眼前の少女の様子に嘆息を漏らした。



「…やむを得ませんね」



 呟き、取り返そうと必死な少女に語り掛ける。



「よく聞いて下さい。あなたがこれを持つことは、危険です」

「え…?それ、どういう、こと…」



 カイオの言葉に、ネリは動きを止める。

 セノンも状況についていけず、ただ戸惑うばかりだ。

 黙ってカイオの話を聞くことしか出来ない。



「この爪は、魔法の触媒や魔法品の材料にもなる素材です。そして作られる魔法品の中には、魔物の注意を惹きつける品もあります。…この素材だけでそのような効力が得られることは本来ありえませんが、恐らくあなたの魔力が何らかの形で作用し、村に魔獣を呼び寄せる結果となったのでしょう」



 続いて説明された内容を、セノンは信じることが出来なかった。

 いや、信じたくなかった、と言う方が正しいだろう。



「カイオ…嘘、でしょ…?」

「勿論、推測に過ぎません。全く違うことが原因かもしれません。ですか、状況的にその可能性は高い。少なくとも、この少女は今後この爪に触れるべきではありません」



 カイオのいっそ冷酷ともとれる指摘に、ネリは顔を真っ青にしがくがくと体を震わせ始めた。



「……村が魔獣に襲われたのは、ディモさんが殺されたのは、私のせい…?」



 少女の愕然とした深い絶望の声に、セノンは思わず口を挟んだ。



「違う!その爪は、僕がネリにあげたんだ!僕が、僕が悪いんだ!」

「…セノン様に過失がないとは言いませんが、これは誰にも予見できなかった現象です。おそらく、彼女の高い魔力素養と、素材との相性の良さが引き起こした、ある意味奇跡的な出来事でしょう。それこそ、時の賢者様でも予見できたかはわかりません」



 セノンの少女をかばう声に対しても、カイオの声は冷静だ。

 責めるでもかばうでもなく、淡々と考察を述べていく。



「目の前で見たところ、誘因の効果も大したことがありません。あの魔獣の爪が触媒のため、犬笛のようにあの魔獣のみ敏感に感知したのでしょう。鬼人の方は恐らく、たまたま移動する魔獣を見つけついてきたのだと思います。襲撃は常に大規模な群れで行うはずの鬼人の数が妙に少なかったことが、その根拠です」



 震えるネリとネリの肩を支えるセノンに対し、カイオは続ける。

 分かった情報を共有しなければ、また不要な悲劇が生まれるかもしれない。



「影響力もそこまでではないようです。襲撃前に感じていた違和感から察するに、何度か魔力漏出が繰り返されたために、運悪く村まで呼び寄せてしまったのでしょう。そこで気付いて止められなかった私にも、責任はあります」



 カイオの言葉にネリは嗚咽を抑えられなくなり、激しく泣き出した。

 心当たりが、あるようだ。



「わたしが…わたしが悪いんです…!釣り合わない夢を見て、勇者様のことを欲しがったりしたから、神様から罰を与えられたんです…!!」

「いいえ、違います。…これは不運が重なった、ただの事故です」



 そのまま泣き続けるネリに、セノンは声を掛けられなかった。

 カイオの言うことも正しいし、ネリの自身を責める気持ちも分かる。


 やりきれない気持ちだけが、セノンに残った。

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