3-12.気づかい

 早朝まだ薄暗いうちから、魔獣を討伐するためにセノンとカイオは森の中を歩いていた。



 セノンがネリや村の人々を気にするのをカイオが諫め、誰にも告げずに出てきていた。

 特にセノンはネリを心配し、ネリが望むなら一緒に連れていって魔力で魔獣を呼び寄せるのを手伝ってもらうべきではないかとも訴えた。


 少しでもネリの罪悪感が晴れればとの考えだったが、「あんな不安定な精神状態でうまく制御が出来る筈がない」とカイオに取り付く島もなく却下されていた。



「…ねえカイオ。昨日、なんでネリにあんなこと言ったの?」



 しばらく歩き村から離れたところで、セノンはそう声を掛けた。

 その顔色は寝る前よりずいぶんと良くなっている。



「あんなこと、とは?」



 カイオは火を入れたランタンを手に掲げていた。

 その明かりで足元を確認し、僅かに先行しながら逆にセノンに問いかけ返した。



「ネリが、魔獣を呼び寄せたかもしれないってことだよ。いくら本当のことだとしても、彼女にあんなにはっきり言わなくたって…」

「あれは、私なりの気遣いです」

「なっ…!」




 カイオの物言いに思わずセノンは足を止め、湧きあがった怒りの感情のままに文句を言いそうになったのを堪えた。


 まだ、カイオは何も説明していない。

 こういう時のカイオは、最後までちゃんと考えを話してくれる。



「…気遣いって、なにさ」

「あの事は、必ず村の誰かに伝えねばなりませんでした。そうでなければ同じことが繰り返されてしまいます。しかし彼女以外の人間に伝えることで、彼女が責められるのは良いことではないでしょう」



 そんなことはセノンにも十分分かる。

 セノンが黙って話を促すと、カイオは話を続ける。



「本人ではなく両親に伝える、ということもあの時は考えました。ですが、私が爪を取り上げた時の様子を見て、彼女に爪を諦めさせるためにも真実を話すべきだと考え直しました」

「別にそんなこと…なんなら、そのままカイオが何も言わず取っちゃえばよかったんじゃ」

「それでは駄目です。…セノン様、本当に気付いていないのですか?彼女の貴方への憧れは、強烈です。いっそ崇拝と言ってもいい。そんなあなたから頂いたものを取り上げられて、彼女が黙っている筈がない」

「それ、は…」



 カイオの言葉に、セノンは言い返せない。

 ネリの強い気持ちは、セノンも身をもって実感している。



「今回は上手く誤魔化して取り上げたとしても、下手をしたら彼女は同じ魔獣の爪をどうにかこっそりと手に入れてしまうかもしれません。あなたとの思い出の品と同じもの、という理由だけで」



 セノンはカイオの意見に押し黙った。

 絶対にないことだとは、言い切れない。



「私はそれを懸念しました。万が一にでもそんなことが起きて、私たちが去った後に今回のようなことが再び起きれば、あの村は確実に全滅します」

「…でも、それが本当だとしても、代わりに僕がなにか別のものをあげて、爪は返してもらえば…」

「あげられるのですか?セノン様。一度あげた宝物の代わりとなりうる、彼女が欲する『モノ』を」



 カイオの言葉に、昨晩ネリが迫ってきた時の光景が思い起こされる。

 何を求められるのか、なんとなく想像がつく。



「……それはわからない、けど…」

「結局、悲劇を繰り返さないためには本人に告げるのが一番です。冷酷に思えても、これが最善です」



 迷ったセノンに対し、カイオは言い切る。

 歩みが鈍るセノンに対し、カイオの歩みには迷いがない。



「他の住人の前で言わず、彼女だけにはっきりと真実を突きつけたのが、私なりの気遣いです。遠回しに言葉をぼかして伝えても、彼女の為になりません」



 カイオの言葉は、厳しいが間違っていないと、セノンはそう感じた。


 ただ理解は出来るが、どうしても飲み込むことが出来なかった。

 カイオの容赦のない言葉に、セノンは次第に言い表せないもどかしさを覚えた。



「あとは自分の罪の意識と、どうやって向き合うかだけの話です。早々に自覚させて、一刻も早く向き合うのを促すべきだと考えました」

「でも、だからって…!それなら、一緒に寄り添って、立ち直るのを手伝ってあげることだって出来たじゃないか!今日だって手伝ってもらえば、彼女の罪悪感だって少しは…!」

「村を出る前も言いましたが、無理です。昨晩の様子から、彼女にそんな勇気と胆力があるとは思えません」



 なおも追いすがるセノンに、カイオは無情な言葉を投げ続ける。

 しかし、自分でもよく分からない衝動に突き動かされ、セノンは諦め悪く言葉を重ねる。



「けど…!」

「セノン様、諦めてください。あとは彼女の問題です。私たちに解決出来る事ではありません」

「っ…!」

「もう何を仰られても、私が考えを改めることはありません。…私から彼女への優しい言葉を引き出し、私がいい人間だと錯覚したいのであれば、無意味です。私は今セノン様が感じている通り、酷薄で非情で、冷たい人間です」

「…それは、違う!」



 ずっと言葉に迷い続けていたセノンが、しかしその言葉だけは、迷うことなく断言した。



「カイオは、冷たい人間なんかじゃない!…二度とそんなこと言うな!」



 セノンは言葉に怒気をはらませながら、カイオを追い越して歩き出した。

 話している間に周囲は明るくなり始め、いつの間にかランタンは不要になっていた。


 本人は自覚していなかったが、感じていたもどかしさの正体はカイオの指摘通りだった。


 カイオが人に辛く当たるところ見るのが、訳もなく悲しい気持ちになり嫌だった。

 自身の口から卑下されるなど、なおさらだった。



「…かしこまりました、セノン様」



 その後ろ姿を眺め、カイオは普段より濃い笑みの形を口元に浮かべる。

 その表情は先を行くセノンには気付かれない。


 ランタンを消しながら、カイオは静かにセノンの後ろに従った。

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