3-7.不意打ち

 戻ると村の厚意により、村長の家で比較的豪勢な夕食が振舞われた。


 その中には貴重な備蓄品から捻出された妖精の果実もあり、思わずセノンは「僕の分は、体調が悪いネリさんのお母さんにあげてください」などと言ってしまった。

 その言葉に、村長にはまたいたく感激されてしまった。



 夕食を終えると、カイオと明日の予定について話し合う。

 ちなみにカイオは夕食まで何をしていたのか尋ねたところ、



「装備の手入れを念入りにしておきました。置いたままにされていたので、セノン様の装備もやっておきましたよ」



 などと返されてしまった。

 セノンが子供たちと遊んでいたことは知っていたようで、謝罪と感謝を伝えても何でもないことのように返された。


 明日は早朝明るくなる前に出ることを決め、予定の確認を終えるとカイオと別れた。

 その後は小屋に戻って、しばらく一人でぼうっとする。

 意外と、カイオとの二人旅だと貴重な時間ではある。



(…?まただ…)



 ふと、妙な違和感を感じ取る。

 魔力の放出を感じとる感覚に似ているが、やけに弱弱しく、ほとんど感じ取れない。


 おそらく村の中からで、夕食後カイオと別れた直後くらいから何度か感じていた。

 ひょっとしたらその前からあったのかもしれないが、少なくともセノンは一人で静かにしていて初めて気付けた。



 この村には、治療用の白魔法や戦闘に使えるほどの黒魔法を使える人はいないとセノンは聞いていた。


 ただ討伐者でなくても魔法の才能を持つ人はいるから、そういう人が何かしたのかもしれない。

 発動体なしで魔力を垂れ流した時の感覚とも違うが、似ていなくもないとは感じた。

 だが弱弱しすぎて、とても何かに影響を及ぼせそうには思えない。



 少しすると、すぐに違和感は消えた。

 というか、あまりに弱すぎて消えたのか自分が慣れて判らなくなってしまったのかも判断がつかない。

 しばらく待って意識を集中しても、もう感じ取ることはできなかった。

 すると、途端に暇になってしまう。



「少し早いけど、やることもないし寝ようかな…明日も早いし…」



 起きているのに飽き、寝支度をしようとしたところで小屋のドアがノックされる。


 カイオかな、ちょうどいいし違和感のことちょっと聞いてみようかな、などと考えながらドアを開けると、予想に反しそこには小柄な少女が立っていた。

 セノンはその姿に驚く。



「ね、ネリさん?」



 まだ夜更けという時間ではないとはいえ、もう外はすっかり暗くなっている。

 そんな時間に幼い少女が自らを尋ねてきたことに、セノンは訳もなく狼狽する。



「お休みの最中にごめんなさい。…少し、中で話をさせてもらってもいいですか?」

「えっ?いや、それは…」



 少女の申し出に、セノンは躊躇する。

 なんとなく、こんな時間に幼い少女を招き入れるのはマズイ気がした。



「お願いです、ちょっとだけでいいんです…!」

「まあ、少しくらいなら、いいけど…」



 剣幕に押され、ついセノンは了承してしまう。

 変に渋るのも、考え過ぎているようでかえっておかしいかもしれない、とも脳裏によぎった。



「でも、なんでこんな時間に…?」

「明日早くから森に入って、そのまま討伐が終わり次第町に戻るって聞きました。だから、お話するなら今しかないって思ったんです」

「そ、そう…とりあえず、入って」



 言葉と共に小屋の中にネリを入れ、ドアを閉めた。

 敷物の上にネリを座らせ、自分もテーブルを挟んで斜めに座る。

 ネリの話を待つと、少ししてネリはゆっくりと話し始めた。



「妖精の果実、ありがとうございました。両親も喜んで、感謝してました」

「ああ、そんなの別に…本当に必要なのは、ネリさんのお母さんだったと思うし」



 セノンの言葉に、ネリは頬を染め嬉しそうに微笑む。



「えっと……それで、…その……」

「うん…?」



 その後しばらく、ネリは何かを言い澱み、一言二言言葉を発しては目を泳がせた。

 たがやがて、覚悟を決めたように、はっきりとその言葉を口にした。



「あの、勇者様…今晩、わたしと、一夜を共にしてくれませんか…?」

「………はっ?」



 ネリの言葉に、セノンは頭を殴られたような錯覚を覚え、一瞬呼吸を忘れる。

 その言葉に込められた意味を察することが出来ないほど、セノンも子供ではない。



「いや、それって…?」

「わたしなんかがこんなことをお願いするのが、勇者様にとって迷惑になるのはわかってます。もちろん、恋人になりたいだなんて言いません。好きになってほしいとも言いません。…ただ一晩、今晩だけ、勇者様と一緒に居たいんです…どうか、お願いします…」



 ネリは顔も耳も真っ赤にさせながらも、まっすぐにセノンの目を見て懇願する。

 その様子に、セノンは狼狽える。

 察した言葉の意味は、間違っていないようだ。



「でも…今日会ったばかりだし、さすがにそんな…」

「お願いです。わたし、きっとこのままこの村から出ることもなく大きくなって、外を知ることなく年上の男の人と結婚するんです」

「ちょっと待って、そんなこと」

「今日勇者様と出会えたのは、奇跡だと思うんです。魔獣が増えたせいで怖い目にあったけど、勇者様に会えたならむしろ、そのことは私にとっては幸運でした」



 ネリは今日、セノンにおぶわれていた時に言い淀んだ言葉を再度口にした。

 好意を明らかにした今、最早隠す必要はない。



「今日勇者様に助けてもらって、それがとってもカッコよくて、きっとこれは運命だって思ったんです。その後もたくさんお話して、やっぱり素敵な人で、あなたに私の初めてを奪ってもらいたいって思ったんです」



 ネリは熱っぽい瞳で正面からセノンに詰め寄り、身を寄せる。

 直接的で情熱的なその言葉に、セノンは思わず息を呑んだ。


 改めて見ると、可愛らしい少女だ。

 年下の幼い少女だと思い、正直そこまで女性としては意識していなかった。

 だがこうして見ると魅力的で、妹のように見えていた幼い印象が変わる。


 そしてセノンは、ふと気づいた。

 今まで自分の周りには年上の女性ばかりがおり、無意識のうちに大人の女性ばかりを女性として意識していた。

 しかし実際には、ネリのように年の近い少女と恋愛し、関係を持つのが自然なことなのだ。



「お願いです。明日になったら私のことは忘れてもらっていいです。勇者様になら、少しくらい怖いこと、乱暴なことをされたっていいです。…勇者様の好きに、してください」

「でも…ネリさん、僕は…」

「ネリ、って。呼び捨てに、してください。勇者さま…私に思い出を、ください…」


 心臓がバクバクと鳴りやたらとうるさく、セノンは頭がくらくらしてきた。

 情熱的な少女がゆっくりと近づいてくるものの、セノンは動くことができない。


 自分を見つめる少女の瞳に、安易な同情や世間体で拒絶してはいけない、命を懸けて戦う自分たちに負けるとも劣らない、壮絶な思いが込められているのを理解してしまっていた。


 少女の顔がセノンの顔に近づき、目がつぶられ、唇が触れ合うその直前。

 村中に響く、恐怖と驚愕の絶叫がセノンの耳に飛び込んだ。

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