3-6.プレゼント

 入ってきたネリは、飲み物を運んできたようだった。



「失礼します。飲み物をお持ちしました…あれ?」



 小屋の中の様子に興味を引かれたように、ネリがテーブルへ近づいてくる。

 セノンはふと気まぐれに、今日の戦利品を整理し始めたところだった。



「それ、なんですか?綺麗…」

「今日討伐した魔獣の爪だよ。沢山あるから、ちょっと汚れを落としておこうと思って」



 テーブルの上に並べた爪を一つ手に取り、布でこすって汚れを落とす。鋭い爪先はすでに剣で削って丸くしてあった。

 綺麗にした爪は真珠のような光沢を放ち、光を当てると確かに美しい。


 こうして事前に汚れを落として磨いておくと買取価格に多少色がついたりするし、不快な臭いの予防にもなる。



「あの…お邪魔じゃなければ、ちょっと近くで見ててもいいですか?」

「別にいいけど…」



 女の子らしく、綺麗なものに心惹かれるのかもしれない。

 セノンから許可を得るとネリは飲み物をテーブルに置き、とても嬉しそうにセノンの傍に座り込んだ。


 その、肌の触れそうな思いがけない近距離にセノンはドキリとする。

 一度おぶって体を密着させているとはいえ、女の子が近いのは心臓に悪い。



「えっと…ひとつ、磨いてみる?簡単だよ」

「やりたいです!」



 さりげなく体勢を変えて距離を取りつつ、爪と布をネリに差し出す。

 ネリは夢中になって爪を磨き、その様子にセノンは微笑ましくなった。

 ネリが丹念に磨いた爪は美しい光沢を見せ、その美しさにネリは目をキラキラと輝かせる。



「よかったらそれ、あげるよ」

「えっ!?でもそんな、悪いです…」

「いいよ別に。沢山あるし、一つくらい。ネリさんにはよくして貰ってるし、お礼ってことで」

「そんなこと、ないです…あっでも、それなら…」



 セノンの言葉にネリはしばしモジモジと遠慮していたが、ふと何か思いついたように笑顔になる。



「それなら、これじゃなくて勇者様が磨いたものが貰いたいです!」

「えっ…でも、せっかくそんなに綺麗にしたのに…」

「いいんです。勇者様が磨いたのが欲しいです!」

「そ、そう…?」



 ネリの有無を言わさぬ言葉にセノンは少々気圧される。

 そしてそれならばと、セノンは手元の爪をもう少し丹念に磨く。

 他より多少は綺麗な光沢になったものを、ネリに渡した。



「ありがとうございます、宝物にします。…嬉しい!」



 セノンから爪を受け取り、とても嬉しそうにネリがはにかむ。

 その笑顔に、セノンも嬉しくなる。



「あ、でも、この辺だとそんなに手に入らないものだから、あまり人には見せない方がいいかも」

「分かりました、気を付けます!」



 セノンの促した注意に、ネリは元気よく返事をする。

 一本だけなら大した金額にはならないが、ちょっとした換金品だ。

 意地汚い人が見たら、子供に持たせるものではないと取り上げることもないとは言えない。


 その後は二人でおおよその爪を磨き終わり、片付ける。

 ネリの前で装備の点検を始めるのも何となく気が引けてやることがなくなり、一時沈黙が流れる。


 …ネリはなぜかモジモジとし、小屋から出ていこうとはしない。

 セノンもなんとなく緊張し始めたところで、なぜか背後から急に幼い声が聞こえた。



「ネリねえちゃん、いた!」



 声に二人が振り返ると、小屋の戸を開けて六~八歳ほどの子供たち五人が中を覗き込んでいた。

 慌ててネリが立ち上がり、子供たちに近づき声を掛ける。



「ちょっと、ダメでしょ!外で遊んでて!」

「ぼくたちだけじゃつまんない」

「そのおにいちゃん、ゆうしゃさま?」

「かっこいい!」

「ねえ、いっしょにあそんでー!」

「ちょっと!ダメだってば!」



 中に入ってくる子供たちとそれを抑えようとするネリを見て、セノンは微笑ましくなる。



 自分も小さなころは、あんなふうに孤児院の年上のお兄さんお姉さんに遊んでもらったものだ。

 セノンも、年下の子供と遊んであげることも度々あった。

 なんだか懐かしい気持ちになる。だからセノンは自然と子供たちに声を掛けた。



「いいよ、遊ぼっか」

「えっ、でも勇者様…!」

「大丈夫だよ、もうあんまりやることもないし。暇になりそうだって思ってたんだ」

「やったー!」

「おそといこう!」

「ああ…本当に、ごめんなさい…」



 申し訳なさそうな、どこか残念そうなネリの声を気にせず、子供たちはセノンの手を引っ張る。


 小屋の外に出ると、その後は村の端の広いスペースで、追いかけっこをしたり木登りをしたりして遊んだ。

 セノンが強化魔法を使って子どもたちを軽々持ち上げてやると、子供たちは大層喜んだ。


 ネリは遊びの中に混じったり、幼い女の子を膝に抱えてセノンたちが遊ぶ様子を楽しそうに眺めたりしていた。



「すみません、本当にありがとうございました…!」

「おにいちゃん、ばいばい!」



 やがて日が沈み暗くなり始めると、子供の親が我が子を連れ帰ろうと様子を見に来た。

 セノンに遊んでもらう子供たちに仰天した後、恐縮しきりに子供たちを連れ帰っていく。


 そして、ネリとセノンはまた二人きりになった。


 顔を見合わせると、ネリは右手で服の胸元を掴む。

 しばらく一緒にいて気付いたが、それはネリが何気なくやってしまう癖のような仕草のようだ。

 それを視界の端に捉えつつ、セノンはネリに話しかける。



「いつも、ああやって子供たちと遊んでるの?」

「はい。この村って子供が少なくて、あの子たちとわたしを除くと、あとは若くても二十歳近い人しかいないんです。なので、いつも相手を」

「ふうん、大変だね」

「大丈夫です。でも今日は、何から何までありがとうございます。子供たち、とても喜んでました」

「ううん、いいよ。僕も楽しかった。でもちょっと汚れちゃったな…」



 子供たちと駆け回ったせいで、手や顔に土汚れが着いてしまっている。ネリも同じだ。



「で、でしたら、ちょっとついてきてください!すぐ近くにきれいな川があるんです!」

「えっ…う、うん」



 ここぞとばかりにネリはセノンの手を握り、引っ張る。

 セノンはネリの急なアクションに二の句もつげない。

 少し歩くと、言葉通り村から少し離れたところに小さな川があった。



「ここです!」

「うん、確かに綺麗だね。えっと…じゃあ、手を洗おっか?」

「あ…そ、そうですね…」



 セノンの言葉に、手を強く繋いだままでは手が洗えないことに気づき、ネリは恥ずかしそうに顔を伏せる。

 そして、名残惜しそうに手を放した。

 そのまま二人で手や足、顔を洗う。


 洗い終えると、沈黙が落ちる。

 村から離れた人気のない場所で、近すぎず遠すぎず、二人きりの穏やかな時間が流れる。



「……あの、勇者様。わたしっ…」



 しばらくして、意を決したようにネリが口を開き、セノンに詰め寄る。

 しかしセノンが驚いて少し身を引いたところで、セノンの腹がぐう、と鳴った。



「あ…」



 その音と動きにネリの勢いが削がれ、続く言葉を吞み込んでしまう。

 再び沈黙が訪れる。



「………」

「…お腹、空いたね。戻ろっか」

「…はい」



 しばらくしてもネリが口を開かず、また腹の音が鳴ったところで、セノンはそう声を掛けた。

 ネリも大人しくそれに応え、二人で村へと戻る。

 その間、どちらもなにも喋らなかった。

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