3-8.奇襲

「なんだっ!?」



 聞こえてきた悲鳴に二人でびくりと身を震わせ、ドアの方を見る。

 絶叫は途切れることなく、なおも聞こえてくる。


 セノンは慌ててドアまで駆け寄り、開いて外の様子を見た。

 同時に耳を澄ませると、村のあちこちから悲鳴や破壊の音が聞こえてくるのに気が付く。


 今の今まで、あまりの緊張で聴覚が全く機能していなかった。



「この足音…まさか…!?」

「セノン様!」



 呼び掛けられた方を向くと、装備を身に着けた状態のカイオがこちらに走ってきていた。

 カイオも異変を察して、瞬く間に装備を整えて出てきたらしい。



「カイオ、なんでか分からないけど昼の魔獣が村に入り込んでる!」

「やはりそうですか…急いで殲滅しましょう」



 セノンは感じ取った足音から、カイオにそう断言する。

 急ぎ小屋に戻り、装備を身に着け始めた。

 そして小屋に近づいたカイオは、中にネリがいることに気が付く。



「どうしてこんな時間に、あなたが…?まあいいです、ここに置いていくわけにもいきません。私たちと一緒に来てください」

「は、はい…」



 状況が分からない現状では少女を置いていくのはリスクが高いと判断したらしく、カイオはそう声を掛けた。

 カイオに見据えられながら、ネリはぎくしゃくと頷く。

 昼間の恐怖を思い出したのか、胸元に手をやり怯えている。



「くそっ…なんか違和感があるけど、たぶん六匹はいる…なんで気づけなかったんだ…!第一、なんでこんな時間にこんな遠い村まで遠出してきてるんだよ、こいつら!」

「過ぎたことを悔いても仕方ありません。原因を探るのもあとです。まずは急ぎましょう」



 装備を身に着け終え、小屋から出ながらセノンが毒づく。

 この惨劇を事前に察知できなかった自分に腹を立てていた。



「…!正面、一匹来てる!」



 セノンが警告を発して剣を抜くのと同時、正面の家の壁を内側からぶち破りながら魔獣が姿を現した。


 その足元には、今の破砕に巻き込まれ吹き飛ばされた青年がうつ伏せで倒れている。

 衝撃で足が折れたらしく、立ち上がろうともがいて失敗していた。

 それに気づき、魔獣が前足を持ち上げる。



「た、助けて…!」

「まずい…!」



 青年がこちらに手を伸ばし助けを求める。

 とっさに走り出そうとするが、遠すぎる。

 カイオもセノンより一瞬早く駆けだしていたが、どうやっても間に合わない。



「ネリ!見ちゃ駄目だ!」

「死にたくな――!」



 セノンは思わず手を広げ、背後、小屋の入口にいたネリの視界を塞ごうとする。

 しかしそれもむなしく、次の瞬間に魔獣の前足が振り下ろされ、青年の背中を踏みつぶし砕いた。


 周囲に血が飛び散り、青年は口から血を溢れさせて力なく首を折った。

 どう見ても内臓も骨も潰され、即死だ。



「いっ、いやあぁぁぁぁーーーー!!?」



 背後から悲鳴と膝をつく音が聞こえ、セノンは顔を歪めた。

 普段から魔獣と戦っている自分はまだしも、魔獣に追われただけで泣いてしまう少女にとって、眼前の光景は酷だ。



「くそっ…!」 



 不甲斐なさとやり切れなさを胸に、そのまま魔獣へと突撃する。

 攻略法を見つけていたセノンとカイオにかかれば、魔獣を一匹狩るのに五分もかからなかった。


 一匹目を屠り、近くに二匹目がいないことを確かめると、セノンは怯えて泣き崩れているネリに近づいた。



「とにかく、ここから離れよう。ほら、立って」

「人が…人が…!ディモさんが…!」



 セノンに腕を掴まれてなんとか立ち上がりながら、ネリはなおも泣きじゃくっていた。


 顔見知りの人間が眼前で惨たらしく殺された光景に足を震えさせ、膝がまた崩れそうになっている。

 剣を振らなければいけない今、昼のように背負うわけにもいかない。



「セノン様、急いで下さい。早く魔獣を殲滅しなくては、被害が拡大します」

「分かってる!」




 カイオの言葉に、セノンは声を荒げる。

 常に冷静な従者はいつも頼りになるが、時々その冷徹ともとれる言葉に怒りが沸いてしまう。


 セノンは改めて、ネリに向き直り声を掛けた。



「ネリ、怖くて辛い気持ちはわかるよ。でも今は気をしっかり持って、逃げなきゃ危ないんだ」

「う、ううっ…!」



 涙と鼻水を溢れさせながら、セノンの励ましの言葉にネリはなんとか頷く。

 セノンに手を引かれるとよろよろと歩き出し、そのまま転びそうになりながらもセノンについて走る。



「カイオ!大きな魔法を使って、魔獣を一気に呼び寄せられない!?」



 一番近い魔獣の位置を音から割り出し、そちらに向かって走る。

 同時にカイオにそう問いかけた。


 村人は魔獣に追い立てられたらしく、ほとんどの人が遠くの方であちこちばらばらに逃げまどっている。

 そのせいでネリを預けることの出来そうな人物が近くに見当たらない。

 かといってその辺にネリを置いていくのも、怖くて出来そうにない。



「無理です。私の魔法では、広範囲の魔獣を刺激しすぎてしまいます。仮に三匹以上に来られたら、今度は私たちの身が危険です」

「でも、このままじゃ村の人たちが…!」

「駄目です、賛成しかねます」



 カイオの冷静で的確な意見に、セノンは歯がゆさを覚える。



「…じゃあいい!僕がやる!」



 セノンは突然その場に足を止めると、胸に手を当てた。

 強化魔法の出力を過剰強化ギリギリ、どころか過剰強化に片足を突っ込むレベルまで引き上げ、周囲に魔力を放出する。



「まったく…お優しい」



 一瞬遅れてカイオは足を止め、その様子を見やる。

 声には多少の呆れと、わずかに不満げな響きがこもっていた。



 セノンはカイオの呟きを無視し、魔獣の足音に集中する。

 近くにいた二匹がこちらに向かっており、離れた三匹もセノンの魔力を気にして足を止めている。

 うまくいった。



「いい感じに二匹来てる!辿り着くのに少し時間差があるから、まずは一匹目を急いでやろう!」

「かしこまりました」

「ネリ、悪いけどそこでじっとしてて!魔獣は絶対来ないから!」

「は、はい…」



 震えるネリを民家の傍に隠れさせ、少し離れて魔獣を待ち受ける。

 まもなく魔獣が民家を破壊しながら現れ、セノンとカイオは身構える。



 しかしそこで、セノンは人の足音に気づいた。


 いつの間にか民家を大きく迂回し、後方から二人分の足音がネリへと近づいている。

 ネリを探しに来た両親だろうか、と思いちらりと振り返る。


 すると信じられないことに、二匹の鬼人がネリの背後に忍び寄っていた。



「…!?ネリ、後ろ!危ない!!」

「え…?」



 ネリが振り返るより早く、鬼人たちは手に持った質の悪い小剣を振り上げていた。


 セノンは咄嗟に身を翻し、強化された脚力で勢いよく飛び込んでネリを引き倒す。

 ほぼ同時に大量の血しぶきが舞い、鬼人二匹分の首が飛んだ。


 返す刃で反撃しまとめて仕留めたものの、セノンもまたネリをかばって背中と肩をバッサリと切られ、血を溢れさせた。

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