3-2.攻略

 悲鳴はカイオにもはっきり聞こえ、セノンの耳にはそれ以上の情報が飛び込んで来る。



「カイオ、向こうだ!女の子が魔獣に襲われてる!」

「セノン様、強化魔法をお忘れなく!」



 カイオの注意通り瞬間的に強化魔法をかけ直し、二人同時に声のした方に走り出す。



(気が抜けてた…!)



 セノンは自分のミスに内心で毒づく。


 周囲の危険を見逃すほどには聴覚の警戒を解いていなかったが、少女の存在には気が付けていなかった。

 常時気を張っていれば少女と魔獣の邂逅を防げたかもしれないが、食事と会話に気を取られて注意力が散漫になっていた。



 強化魔法の差でセノンが先行し、すぐに少女と魔獣を発見する。


 少女は木々の間を必死に逃げまどい、魔獣がそれを追って突進を仕掛けていた。

 少女は木を利用してしばしうまく逃げていたが、やがて足をもつれさせ転んでしまった。



「…っ!」



 セノンは一瞬足を止め、過剰強化ギリギリまで強化魔法の出力をあげる。

 すると、少女を襲おうとしていた魔獣が魔力に気づき、セノンのいる方向を気にする。


 その隙に、強化された脚力で一気に距離を詰めた。

 魔獣の前足に切りつけて退かせ、少女との間に立ちふさがる。



「キミ!立って!早く逃げるんだ!!」

「あ…ああっ…!?」



 幼い少女は腰を抜かしたようにへたり込み、目に涙を浮かべながら震えている。

 とてもではないが立てそうにない。

 背後のその様子を見て取り、抱え上げて退避することもセノンの頭に浮かぶ。


 だが震える少女の姿に一瞬躊躇した間に、正面に相対する魔獣が足に力を貯め、二人をまとめて撥ね殺そうと殺意を漲らせた。

 もう、間に合わない。



「くそ…!」



 少女を後ろに庇っているため、避けるわけにもいかない。

 かといっていくら強化出力を上げているとはいえ、重量級魔獣の突進を正面から止めるには足りない。


 やむなく過剰域まで魔法の出力を上げようとしたところで、少し離れたところでセノンとは比べ物にならない魔力が膨れ上がった。

 カイオの魔法だが、魔力の放出具合からすぐに理解した。

 あれは魔獣に気づかせるため、わざと魔力を垂れ流している。


 魔獣は瞬間的にそれを感知し、方向転換して一気に駆け出す。



「カイオ!そっち行った!避けて!!」



 カイオは魔獣が爆発的に近づいてくるのを見て取り、火炎魔法の構築を中断して突進を躱す。

 直前まで大規模な魔法構築を行っていたためその動きは精彩を欠き、カイオにしては危なっかしく避ける。


 もはや魔法で引き付ける必要はないだろうが、体勢を崩したあの状態のまま攻め立てられると少々まずい。



「カイオ!…っと!?」



 カイオのところへ向かおうとしたところで、体がつんのめる。

 振り返ると、背後の少女に服の裾を掴まれていた。



「いか、行かないで…お願い、た、助けて…!」



 震えて助けを懇願する少女に対し、セノンは振り返ってしゃがみ込む。

 そして少し躊躇った後に、その手を優しく掴んだ。

 安心させるように手を握り、笑いかける。



「大丈夫。今あの魔獣を倒してくるから、待ってて。じっとしてれば、あいつには見つからないから」



 不安を与えないよう、なるべく優しい声で言い切る。

 癪だが、イメージするのは自分に対するカイオの声色だ。

 実際、あの魔獣は魔力以外の感知力は大したことはない様子なので、大丈夫のはずだ。


 今は、少女を抱えて安全なところへ避難させている時間すら惜しい。

 早く、カイオの所へ駆け付けたい。

 しかしその焦燥を笑顔の裏に隠し、少女に笑いかける。



「っ…!は、はい…!」



 その笑顔を見て、幼い少女は目を見開き、溜めていた涙をこぼした。

 そしてセノンの問いかけに答えると、恥ずかしそうに顔を伏せ赤くなってしまった。

 強張っていた手から力が抜ける。


 セノンは少女のそんな様子を気に留める余裕もなく、手を離すと身を翻した。

 全速力でカイオの元へ向かう。



「カイオ、離れて!僕が前に出る!」



 カイオは辛くも魔獣の猛攻をしのぎ、自分に引き付けるために隙を見て洋剣で切り付けていた。

 しかし魔獣の厚く硬い皮膚は簡単には切り裂けず、軽傷しか与えられていない。



「すみません、お願いします!隙は私が作りますので!」

「頼んだ!」



 カイオが大きく身を引いたのに合わせ、セノンは魔獣の首を狙い思いきり斬りつける。


 だが魔獣は直前に攻撃を察知し、顔をセノンの方へ向け背で刃を受け止めた。

 筋肉を緊張させることで硬度を増した肉体は、簡単には切り裂くことが出来ない。

 かなり勢いのある一撃だったにも関わらず、幾らか肉を裂くのみに留まった。



「このっ!」



 しかしそれにも構わず、セノンは繰り返し魔獣の全身に切りつける。

 カイオの剣戟よりはダメージを与えることが出来るが、なかなか深手には至らない。

 カイオも散発的に斬撃を仕掛けるが、魔獣は上手く弱い部位を庇い攻撃のことごとくを防ぐ。二人同時に攻撃を仕掛けても同じことだ。


 しかし魔獣の意識は明らかに攻撃の苛烈なセノンに向き、角や前足、突進を利用した攻撃をセノンに集中させ始めていた。



 その一瞬の隙をつき、数秒足を止めて構築した幻惑魔法をカイオが放つ。

 幻惑魔法はその性質上魔力に敏感な魔獣にも察知されにくいとはいえ、警戒意識を向けられたままでは上手くかけられない。


 しかしカイオは、魔獣が見せた軽微な警戒の隙間を的確に捉えていた。



「グオ…」



 魔獣は目の前のセノンから突然かつ無防備に意識を逸らし、思わずといった調子でカイオの方を向く。

 そして不自然に致命的な隙を晒した魔獣の首へ、セノンは渾身の斬撃を叩きこんだ。



「だっ!!」

「ガッ…!?」



 不用意に伸された首の筋肉を一気に断ち切られ、魔獣の体が崩れ落ちる。


 妨害されない程度の火炎魔法ではダメージが見込めず、火炎魔法による注意反らしでは警戒を解ききれないことを踏まえ、最も効率が良いとカイオが判断したのがこの幻惑魔法を利用した一撃だった。

 

 無事に魔獣を退けたことに安堵し、セノンは額の汗をぬぐった。

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