2-4.過ち

 酩酊したセノンに対し、しかし周囲の女性たちは慌てた様子もない。



「ええっ、酔っぱらっちゃったの?」

「ほんとに子供なんだねー」

「いいじゃん、今のうちに襲っちゃいなよ」

「奥の部屋まだ空いてるはずだよー?やっちゃえやっちゃえ」



 セノンが静かになったのをいいことに、他の女性たちがはやし立てる。

 だがセノンの耳にはろくに聞こえておらず、反応もない。



「好き勝手言って…大丈夫?気分悪くない?」

「ぅん…ふぁいじょふ…」



 もはやセノンの口からはまともな言葉が出てこない。

 ローザが抱きとめながら優しく背中や頭を撫でると、セノンは気持ちよさそうにむき出しの肌に頬や額をこすりつけてくる。


 それを、ローザは愛おしげな、扇情的な表情で受け入れた。


 他の女性の目につかないテーブルの下に手を伸ばすと、今まで触っていなかったセノンの太ももや腹のあたりを撫で始めた。

 途端に、セノンの体が強張る。



「んっ…」

「ああ、この子もうダメだわ。静かなところに連れて行って、介抱してあげないと」

「えーもう終わりー?」

「ほら、いいから解散解散。マスター、部屋借りるわね」



 言葉で他の女性を席から立たせながら、ローザはするりと掌をセノンの服の裾から中に潜り込ませる。


 その様子は相変わらず他の女性からは見えないが、異様に慣れた手つきで艶めかしくセノンの腰回りを撫で、舌先で愛撫するかの如く少年の素肌を蹂躙した。



「う…!」

「あら、苦しそうね…今、楽にしてあげるからね。まずは服を緩めないと…」



 言いながら、もう片方の手でセノンの服のボタンを手早く外していく。

 討伐者にしては細身の胸板が、少しづつ外気に晒されていく。

 露わになった胸板を、優しく指先でなぞる。


 他の女性たちはその様子をもはや気にも留めず、「客捕まえに行かなきゃー」などと言いながら帰り支度をテキパキと進めている。



「…さっさと奥連れてけよ。こんなところで手を出すな」

「もう、分かってるわよ。あんまり可愛いからちょっとだけ…」



 テーブルを片付けようと近づいたマスターが、小声でローザに話しかける。

 ローザが悪びれることなく小声で返事を返すと、マスターは呆れたように片付けもそこそこに離れていく。



「う…」

「ねぇ、可愛い勇者様。天国に連れて行ってあげる…見返りなんていらないわ。私を愛してくれれば…」



 肌を撫でられ次第に息が荒くなるセノンに対し、ローザはうっとりと話しかけ…セノンの穿いているズボンのベルトに、手を掛けた。



「セノン様、ここですか?」



 しかしその瞬間、店の扉が開き端正な顔立ちの青年――カイオが店に入ってきた。


 店から出た女性たちにはマスターがきっちりとセノンのことを口止めをしていたはずだが、その女好きする容姿と巧みな話術でうまいこと聞き出して場所を掴んだらしい。


 店内が一瞬静まり返り、次の瞬間嬌声で大騒ぎになった。



「きゃあ、勇者様の次は従者様!?」

「初めて見たけど、噂通りすごくいい男!」

「かっこいい!私のこと買って!」



 まだ店内に残っていた十人以上の女性たちはほとんどが席から立ちあがっており、興奮したように一斉に騒ぎ立てる。

 何人かはカイオに近づいてくるが、大部分はその場で騒ぐだけだ。


 その様子にカイオは困惑する。

 店内の奥にセノンらしき少年が座っているように見え、女性たちをなだめようとする。



「 ああ、ちょっと待ってください。まずは人探しを…」

「ねぇねぇ、どんなコが好みなんですか!?」

「声も素敵!落ち着いててすごく優しそう!」

「あの、話をき…」

「あたし、従者様ならタダでいいです!」

「私も私も!」

「…」



 話が通じないことを察し、カイオは閉口する。


 そしてカイオがおもむろに手を合わせ打ち鳴らすと、パン!という乾いた音が店内に響き渡った。

 さして大きい音ではなかったが、不思議と騒がしい店内においてもよく通り、驚いた女性たちが一瞬静まり返る。


 そこに、カイオの穏やかな声がするりと入り込んだ。



「お嬢様方。歓迎して下さるのはとても嬉しいですが、少しお話をさせて下さい」



 カイオが言葉と共に薄く微笑む。

 すると途端に女性たちは目を恍惚とさせ、大人しく従うようになった。



「このお店に、私がお仕えする『希望の勇者』様がお邪魔していると伺いました。本当ですか?」



 カイオの言葉に数人の女性たちが言葉もなくちらちらと店の奥に視線をやる。

 ローザはすでにセノンから体を離し、半分眠っているセノンの体を支えていた。


 セノンのそんな様子を見て取り、カイオはセノンが声をあげなかった理由を理解する。



「えっと、ごめんなさい。私が道でちょっと声をかけちゃったんだけど…」

「ええ、分かります。勇者様も健全な少年ですからね。美しい女性たちについつい魅了されてしまったのでしょう」



 注目されたローザが申し訳なさそうに述べると、カイオがすかさず言葉を挟む。

 そのまま店の奥につかつか歩いていくと、女性たちは自然と道を開けた。



「ですが、申し訳ありませんがどうかご理解下さい。勇者様はまだまだ子供です。あなた方のお仕事は尊く立派なものですが、勇者様が体験するには少々早い」



 言いながら、カイオは恐縮したように軽く頭を下げる。

 その様子にローザが慌てた声を出す。



「そんな、謝ったりされないでください。もちろん私たちもそんな気はなくて、ちょっと楽しくお喋りしたかっただけなんで…」

「ああ、それを聞いて安心しました。聡明で良識ある女性たちばかりで、いい街ですね。ここは」



 その言葉を聞いて女性たちは嬉しそうに、安堵の表情を浮かべる。

 カイオが近づいてくると、ローザはセノンを軽くゆすった。


 だがセノンはわずかに不明瞭な言葉をこぼすだけで、カイオに気づいた様子はない。

 その顔を赤らめ舌の回らない様子に、カイオは眉をひそめた。



「…ひょっとして、酔っているのですか?」

「本当にごめんなさい。他の子のお酒を間違って飲んじゃったみたいで…少し気分が悪そうにしてたから、介抱して奥の部屋で寝かせてあげようかと思ってたんだけど…」

「まあ、勇者様も綺麗な女性に囲まれてちょっと背伸びをしたくなって、わざとお酒を飲んだのかもしれませんね。気にしないで下さい」



 カイオの理解あるおどけた言葉に、ローザも周りの女性も顔をほころばせる。

 すると、思わずといった調子で近くの女性がカイオに声をかけた。



「ねえ、勇者様は子供でも、従者様は大人でしょ?よかったら、私のこと買って欲しいなー…お金はほんのちょっとでいいし、たっぷりサービスするよ?」



 その申し出に、にわかに他の女性も色めき立ちだした。我先にと声を上げる。



「ずるい!私も!」

「お願い、少しの間だけでもいいの!なんならタダでも…!」



 瞬間的に押し寄せる何人もの女性たちの熱狂的なアピールに、カイオは薄く笑んで答える。



「お気持ちは嬉しいですし、とても魅力的なお誘いなのですが、あいにく明日早くから大事な予定がありまして。申し訳ありませんが、今日は勇者様を連れておいとまさせていただきます」



 カイオの言葉に女性たちは一斉にえーっと不満の声を上げる。



「代わりといっては何ですが…店主、このお店に上等なお酒はありますか?」

「えっ?ああ、質のいいワインならいくつかあるが…」

「なら、その中で最も良いものを三本下さい」

「はあっ!?…兄さん、言っちゃ悪いがうちは結構いい酒を出す店だ。一本で、恐らくその発動体と同じくらいの値段がするが、本当に払えるのか?」



 急に声を掛けられた店主が、驚きながらも答える。

 カイオが身に着けている指輪型発動体は黒魔法用の高品質なもので、かなりの値段がする。


 しかしカイオはこともなげに答える。



「大丈夫です。今はあいにく持ち合わせがありませんので、代金をこの紙に書いてください」



 カイオが取り出し差し出したのは、魔力の込められた契約書だ。

 しばしば大金をやり取りする際に利用され、書名と込められた魔力が嘘偽りのない支払い契約を証明してくれる。


 店主もそのことは理解しており、紙を受け取る。



「…ほらよ。金額を書いたから、確認してくれ」

「分かりました」



 値段を一瞥すると、あっさりとカイオは書名を行い用紙を店主に返した。

 これであとは、店主が預かり処に用紙を持ち込めばカイオの預け金から代金が支払われる。



「二本は彼女たちに振舞ってあげて下さい。私は一本持ち帰れればいいです」



 カイオの言葉に、女性たちはわっと歓声を上げる。滅多に飲めるお酒ではない。



「おいおい、ほんとにいいのかい…?」

「ええ。ご迷惑おかけしましたし、今後もお世話やご迷惑をお願いするかもしれないですし」

「まあ、俺は儲かるからいいが…」

「出来れば、売り上げも多少彼女たちに還元してあげて下されば幸いです。…あと、勇者様がここで楽しい時間を過ごしたことは、くれぐれにご内密に」

「…分かってるよ。誰にも口外させない」



 苦笑しながら、店主はカイオにワインボトルを渡す。

 何人かの女性が熱っぽい表情のまま、名残惜しそうにその様子を見る。



「あの、時間ある時に必ずまた来てくださいね。従者様でしたら、いつでも大サービスしますから」

「ええ、分かりました。ありがとうございます」

「絶対だよ!絶対また来てね!」



 女性たちに答えながら、カイオはローザに近づく。

 他の女性たちは店主に集められ、酒を振舞われながらセノンのことを言い聞かせられていた。



「あなたも、色々とありがとうございました」

「いいえ。こちらこそ楽しかったわ」

「それならよかったです。…お礼という訳ではありませんが、これを」



 カイオはおもむろに、ポケットから質素な指輪を取り出した。

 今身に着けているものには遠く及ばないが、それなりに高価な発動体だ。


 それを差し出される意味を正しく理解し、ローザは寂しげに微笑んだ。



「…分かったわ。もうセノン君を見かけても、私の方から声は掛けない」

「助かります。むやみに咎めるつもりはありませんが、今は少々時期が悪いので」

「こちらこそ、従者様のお考えを邪魔してしまって悪かったわ」



 セノンは今、討伐者として名声が伸び続けている。

 加えて、実力も旅の中で着実につけている最中だ。


 仮に本気の気持ちが芽生えたとしても、特定の町で特定の女性に熱をあげて他が疎かになってしまうのはあまり好ましくない。



(まあ、セノン君のほうから声を掛けてくれたら、その限りではないけどね)



 セノンをカイオに受け渡しながら、ローザは最後にセノンの頬を撫でる。

 セノンはくすぐったそうに頬を緩めた。



「さよなら、小さな勇者様。…出来れば何年か後に、私のことを愛しにきてね」

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