2-2.黒魔法と白魔法

 現在カイオは三匹の鬼人を同時に相手取り、術師である自分を狙ってくる鬼人の数を確実に減らしていた。

 鬼人はまだそこそこの数が残っているが、このままいけば殲滅は時間の問題だ。


 ただ短時間とはいえ、告げられた要求は決して容易ではない。



「抑えろって、簡単に言うけどさ…!?」



 追って来る大型種から距離を取り続けながら、セノンは冷や汗を流す。


 やむなく足を止めて再度攻撃を仕掛けてみるが、ほぼ無意味だ。

 振り回される大型種の手足を避けてからたまらず飛びのいて、一旦距離をとる。



「…グゲェ!」

「うわっ、と!」



 しかしセノンが飛びのいた先には、斧を振りかぶった鬼人が待ち構えていた。

 間髪入れず振り下ろされた攻撃を躱すために、慌てて地面を転がる。



「あっ、しまっ…!?」



 そして気付く。

 今の一瞬で大型種がセノンとの距離を詰め、セノンを腕を振り上げ終えている。


 咄嗟に転がったせいで体勢は崩れており、再度跳べそうにない。

 このままだと直撃を食らう。


 いくら肉体強化の魔法をかけているとはいえ、あの一撃をまともに貰えばただではすまない。


 大きな負傷の恐怖に、セノンは身を強張らせた。



「グゥ…?」



 しかし腕が振り下ろされる直前、大型種の視線がセノンから外れる。


 まるでセノンのことを見失ったかのように視線が彷徨い、動きが鈍った。

 その隙をつき、セノンは無理やりその場所から退避した。


 一瞬後に大型種の視線は再度セノンを捉え殴りかかってくるが、その一瞬のおかげでなんとかセノンは攻撃を躱しきった。



「ごめんカイオ、助かった!」

「謝辞は不要です!」



 斧を持った鬼人に肉薄し切り裂きながら、カイオに感謝を述べる。


 先ほどの大型種の不自然な動きには見覚えがあった。

 カイオがたびたび使用する、相手の視覚や認識を一時的に阻害する幻惑魔法だ。



 カイオの方に一瞬視線を走らせると、向かい合う最後の鬼人の攻撃を紙一重で躱す瞬間だった。


 一対一であんなギリギリで躱すのは珍しい…おそらく、セノンの窮地に対して魔法を使用し、その一瞬の隙を狙われたのだろう。


 いくら簡易的で構築を省略可した小規模魔法でも、構築と発動の際には足を止めなくてはならない。



(とにかく僕は時間を稼がないと…今のカイオの様子なら、そんなに時間はかからない…!)



 大型種に向き直り、剣を構えなおす。

 用心深く大型種と周囲の鬼人の動きを見極め、牽制を繰り返し、攻撃を回避しながらセノンはその時を待った。


 そしてさして時間を経ずに、背後で魔力と熱量が膨れ上がったのを、セノンは感じ取った。



「爆ぜろ!」



 カイオの鋭い言葉とともに、大型種目掛けて火球が放たれた。

 襲撃時に打ち込んだのと同じか、それ以上の規模だ。


 無警戒だった大型種は避ける素振りも見せず、火球は胸元に着弾し炸裂した。



「グォォォッッ!!!」

「…嘘でしょ…!?」

「…おや、全力でもその程度のダメージですか。困りましたね」



 爆風が晴れた瞬間、各々が思い思いの反応を取る。


 カイオ渾身の爆裂魔法は、大型種の上半身を中心に体を焼け焦がせ、その爆圧により胸の肉を幾らか抉り取った。


 だが、それだけだ。

 致命傷にはほど遠く、もう一発二発撃ちこんでも殺せそうにない。


 そして当然、強力な一撃をもつことが分かった敵の存在を、大型種は放っておかない。

 セノンには一瞥もくれず、怒りのままにカイオに突っ込もうとする。



「仕方ありません、セノン様!そいつの動きを止めてください!」

「はぁっ!?」



 一方的な注文を付けつつ、あろうことかカイオは地面に片膝をつき、掌を地面に押し当てた。

 完全に防御を捨て、新たな魔法の構築にのみ集中する。



「無茶苦茶言って…!」



 目までつぶり、完全に魔法構築に集中したカイオへ悪態をつきつつ、セノンは剣を持っていない右手…宝石のはまった指輪型の魔法発動体を、自らの胸にあてた。



「あんまり、やりたくないんだけどな…!!」



 魔力を込め、一時的に肉体強化魔法の出力を跳ね上げる。

 心臓に魔力を注ぎ込み、血液に乗せて魔力を全身に行きわたらせるイメージ。


 そして自らの立ち位置を調整し、セノンを無視してすれ違おうとする大型種を、体を捻った状態で待ち受ける。


 大型種のその選択は正しい。

 大型種が本気でセノンを無視して突貫してきたら、セノンにそれを止めるすべはない。


 ――さっきまでのセノンであれば、だが。



「あ゛あ゛っ!!」



 全身の筋肉を躍動させ、木こりが木に斧を打ち込むように、両手で思いきり剣を叩きつける。


 狙いは踏み込んだ直後の左足。

 先程までとは違い、その刃は大型種の足に深く埋まった。


 ただその代償に、セノンの全身からはミシミシと嫌な音がした。



「グギャァ!?」



 踏み込んだ足に強力な一撃を叩きこまれ、思わずガクンと大型種の膝が崩れる。

 ズシン、とその場に左膝をつき、体勢を崩した。



「おとなしく…してろっ!!」



 すかさず二撃目。

 同じ足に、上段から思いきり剣を振り下ろした。


 またもや肉に埋まる刃と、軋む全身。

 加えて剣からもビキリと嫌な音がした。



「ゴガァァァァ!!!」



 痛みからたまらず腕を振り回す大型種から距離をとり、カイオを後方に庇った状態でセノンは荒い息をつく。


 大型種はそれを追いかけるべく立ち上がろうとするが、うまくいかない。

 骨までは断てていないため、少しすれば再度立ち上がり動けるようになるだろうが、多少の時間は稼げる。



「ここまで、して…動きを止めるのが、せいぜいとか…割に合わない、な…!」



 胸に手を当てて強化魔法の出力を落としつつ、息を乱しながら吐き捨てた。


 そのまま、怒りの形相で睨んでくる大型種と対峙する。

 動けない大型種はすぐに周りの取り巻きに何事か吠え、僅かに残った取り巻きの鬼人がカイオとセノンににじり寄る。


 しかしそこで、背後の魔力が再び膨れ上がった。同時に、閉じていたカイオの目が見開かれる。



「セノン様、もう少し離れてください!」



 声に従い、僅かにふらつきながらもセノンが下がる。


 次の瞬間、掌をついた地面を伝わって高密度の魔力が大型種に向かって伸びる。

 そして、まだ動けずにいた大型種の足元に小さな魔方陣が展開された。



「…貫け!」



 カイオがさらなる魔力を込めた瞬間、魔方陣から赤く発光する一本の槍が射出された。


 槍は猛烈な勢いと鋭さをもって大型種の股の間に突き刺さり、一瞬にして体内を貫き肩口から穂先を飛び出させる。



「ガ…!?」

「爆ぜろッ!!」



 カイオが言葉とともに魔力を解放すると、圧縮された炎で形成された槍は轟音とともに爆発した。


 爆発の規模自体は先ほどの火球に劣るが、さすがに体内で爆発されれば、さしもの大型種であってもひとたまりもない。



「ゴ…ァ…」



 ほとんど体を真っ二つに千切れさせながら、大型種は崩れ落ちた。

 明らかに致命傷で、二度と立ち上がる気配はない。


 それを見ていた残り僅かな鬼人たちは、恐怖に駆られたのか慌てて逃げていく。



「やっと、終わった…」

「さすがに疲れましたね。少し休みましょう」



 追いかける気力も湧かず、セノンはその場に座り込んだ。

 肉体の強度を超えた強化の反動で、体中の筋肉や骨が痛む。

 カイオも大規模な魔法を連発したため、魔力を失い顔から血の気が引いている。



「お怪我はありませんか」

「大丈夫…過剰強化の反動で体はあちこち痛いけど…いてて」

「前から思っていたのですが、それは回復魔法で治せないのですか?」

「反動で傷んだ体を治すのって、外傷を治すのとは勝手が違ってあんまりうまくいかないんだよ…」



 言いながら、自分の胸に手を当てて回復魔法をかける。完治は出来ないが、痛みは多少よくなる。



 そこでセノンは、カイオの肩のあたりに血が滲んでいるのに気付いた。

 身に着けている皮鎧も少し損傷している。



「というか、カイオが怪我してる。珍しい」

「おや本当ですね。気が付きませんでした」

「治すよ」

「いえ、そこまでの怪我では…」

「その場所だと、腕動かすと傷むでしょ。そのくらい簡単に治せるし、見せて」



 おそらく、幻惑魔法を使った際につけられた傷だろう。

 遠慮するカイオを制し、近づいて肩の傷口に手をかざす。


 魔法を構築し回復魔法をかけると、大した傷ではなかったため数秒の治療で傷は癒えた。すぐに跡も見えなくなる。



「ありがとうございます。やはり、回復魔法が使えると便利ですね」

「…僕としては、カイオみたいに黒魔法を使いこなせるほうが羨ましいけどね」



 苦々しげにセノンは言う。

 このコンビはこと魔法においては、綺麗に得意分野が分かれていた。


 黒魔法と白魔法。

 それは対象に害を与えるか、変化を及ぼすに留めるかの違いを持つ。



 セノンは白魔法、特に回復と強化には高い適性を見せるが、黒魔法は苦手だ。

 全く使えないわけではないが、カイオほどの威力は出せず、また低威力の魔法でも魔力消費が大きく効率がすこぶる悪い。


 広範囲への攻撃や、大型魔獣でも屠りうる高威力の黒魔法は、セノンとしては羨ましくてしょうがなかった。



「私の黒魔法は、専門家に比べれば大したものではありませんがね」



 一方でカイオは黒魔法…特に火炎魔法と幻惑魔法は見事に使いこなすが、白魔法は一切使えない。



「そんなことないよ。いつもうまく敵を仕留めてくれるじゃないか」

「以前にもお伝えしましたが、私の黒魔法が普段十分な効果を発揮しているのは、ひとえにセノン様のサポートが優れているからです」



 なおも羨むセノンの言葉を、カイオが諫める。



「セノン様に当たらないよう配慮したり、魔獣に当てやすいよう投射速度に気を使ったりすれば、私の能力では大した威力は出せません」



 通常の場合であれば、術師は仲間を巻き込んだりしないように合図を出したり魔法の軌道・発射タイミングを工夫したりする必要がある。


 だがセノン相手であればそれが不要だ。


 ただ魔力を高め切った適切なタイミングで魔法を放つことにだけ専念でき、ほぼ威力以外に気を使う必要がない。

 加えて、魔法が当たりやすいようかく乱してくれるオマケつきだ。


 僅かな音で発動を聞き分けられるセノンには合図が必要ないため、発動を敵に気づかれにくいのもプラスに働く。



「ただ今日の最後は特に、十分な威力を出すためにセノン様に無理をお願いしてしまいました」



 カイオはどことなく申し訳なさそうに、そう述べる。

 やむを得ずとはいえ、セノンに負担を強いたのは本意ではなかったらしい。



「あまりにも威力に力を注ぎすぎたせいで射程も効果範囲を極めて低く、セノン様が上手く動きを止めてくれなければまず当たりませんでした。普通ならあんな魔法、まったく使い物になりません」

「確かに、今日のは少し極端だったかな…それでも、頑丈な魔獣を仕留められるのは羨ましいけど」



 セノンの言葉に、しかしカイオはかぶりを振る。



「私からすれば、セノン様の強化魔法の才能の方が羨ましいです。前線に立つものにとっては、そちらがからきしの方が痛いです。中途半端なんですよ、私は」



 程度の差はあれど、ある程度の自己強化魔法は前衛あるいは単独行動にはほぼ必須とされている。

 これがない黒魔法特化型は、一般的には仲間なしには自らの身を守れず、単独ではほぼ何も出来ないと言われるのが半ば常識だ。


 他者に効率良く強力な強化魔法を施せる者もまた、あまりにも少ない。


 しかしカイオは自らの黒魔法の才能にも早々に限界を感じ、剣も扱い接近戦時は幻惑魔法を絡めて戦うという、やや変わったスタイルを用いているのだと言う。


 セノンから強化魔法をかけて貰うという手段もあるが、セノンも他者への強化魔法は自己強化ほど得意でない。

 かなり魔力効率が悪くなるため、滅多に行わない。


 正確には、セノンは時たま提案するがカイオに遠慮されているのだ。



「そうかなぁ…?」

「そんなものですよ。得てして人とは、自分に足りない物や出来ない事が羨ましく見えるものです。私も一緒です。いままでどおり、足りないところを補い合えばいいのですよ」



 他者を害する黒魔法と、自分や他者の肉体・魔力などを変質させる白魔法。

 一般的には相対するとされる才能で、高いレベルで同居させているものはほぼいない。


 だからこそ、討伐者たちは徒党を組むのだ。



「少し話し込みすぎましたね。残党を殲滅し、町に戻りましょう。索敵をお願いします」

「…了解。さて、どっちに逃げたかな…」



 聴覚を頼りにされることにわずかに嬉しく感じながら、言われた通りカイオは耳を澄ませる。



 今の調子ならおそらく殲滅するのに大した時間は必要ないだろうと、セノンは考えた。

 そしてそれは、すぐに間違っていないことが証明された。

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