2話 鬼と色
2-1.連携
カイオと初めて出会った時、セノンはまだ十三歳だった。
セノンはその年齢まで、孤児院で平凡な少年として過ごしていた。
ただある時ふとしたきっかけで、比較的高い魔法の才能があることが判明する。
ちょうどその頃善意の寄付金が乏しくなり、孤児院は困窮し始めていた。
そこで手っ取り早くお金を稼ぎ孤児院に寄付するために、十三歳になってすぐに院を出て、討伐者となることを決めた。
危険な討伐者として働くにはあまりにも若かったが、なりふり構ってはいられなかった。
しかしいくら魔法の才能があっても、武器も満足に扱えないセノン一人では魔獣討伐はほぼ不可能だった。
討伐者として登録は出来たものの、幼く未熟なセノンとパーティを組んでくれるような物好きはいなかった。
みな、命がけで魔獣と戦っているのだ。
そうして途方に暮れていたセノンに声を掛けてくれたのが、カイオだった。
あの時のことを、セノンは今でも鮮明に覚えている。
カイオはセノン同様、同行者を探す施設で浮いていた。
その容姿のせいで目立っており、少ない女性討伐者の色めき立つ視線を一身に集めていた。
そしてそのため、男性討伐者からはやっかみの視線を向けられ敬遠されていた。
そこでカイオは、一人途方に暮れていたセノンを見つけた。
『少年、あなたも討伐者ですか?』
『一応…でも、まだ一人で魔獣を倒したことがほとんどなくて…』
『何が出来るんですか?』
『か、回復と、あとは強化魔法も…』
『じゃあ、一緒に行きましょうか。私も仲間が見つからなくて困ってまして』
初めての会話は確かこんな感じだ。
おそらくカイオは、回復ができる仲間が一人いれば充分だと考えたのだろう。
事実、最初の頃の討伐はカイオ一人で充分で、セノンの出番は一切なかった。
しかし出会って間もなく。お互いの力量を確認したところで、カイオはセノンの非凡な才能に注目し提案した。
『貴方は素晴らしい才能を持っています』
『今はまだ未熟ですが、正しく成長すればすぐに私を超え、誰よりも優秀な討伐者になれます』
『その才能を活かさず腐らせてしまうのは、あまりに惜しい』
『狭い世界で細々と小物狩りをするではなく、良ければ私と共に来てくれませんか?絶対に後悔はさせません』
その問いかけに、セノンは僅かな逡巡の後に頷いていた。
生まれ故郷や親しい人たちから離れるのは寂しかった。
だが、何よりみんなのためにたくさんのお金を稼ぎたかった。
こんな優秀な人が自分を強くしてくれるというなら、願ったり叶ったりだった。
そして二人は、共に魔獣討伐の旅を始めた。
セノンはカイオから教えられる剣術を短期間でどうにか形にし、日々の戦いの中ですぐに魔法の才能も開花させた。
そしてあっという間に、凡百の討伐者とは比べ物にならない実力を身に着けた。
今でも戦闘技術は一流とは言い難いが、余りある強化魔法の才能でそれを補っている。
すぐにカイオはその高い才能に敬意を表し、セノンのことを「偉大な存在」として敬うようになった。
呼び方を変え、従者のように振舞い始めたのものこの頃だ。
二人が有名になったのは、討伐者登録から半年程で強力な大型魔獣を仕留めてからだ。
いくつもの討伐者パーティを皆殺しにし、多くの人々に被害を与えていたことから高い懸賞金が掛けられていた、悪名轟く有名な魔獣だ。
それをたった二人で、しかも一人はわずか十三歳の少年が仕留めた。
この情報はあっという間に広がり、二人の名は一気に広まった。
その後も強力な確実に魔獣を仕留めることで二人の名声は高まり、特に若く才能溢れるセノンは「希望の勇者」等ともてはやされることとなった。
優秀で、比較的整った容姿の少年が凶悪な魔獣をうち滅ぼす姿は、分かりやすく人気を集めた。
その後カイオの性別がセノンに明かされた際のひと悶着はあったが、おおむね二人は順調だった。
そして現在、二人は林の中にいた。
さほど木々は密集しておらず、見通しは悪くない。
「…よし、今なら大丈夫だ。仕掛けよう」
茂みに潜んだ状態で二人が確認しているのは、鬼人の群れ。
今回の討伐対象だ。鬼人は二足歩行だが人には似ておらず、猿と人の中間のような骨格をしている。
体毛は薄く牙や顎が発達しており、凶暴で知能の低い魔獣の一種だ。
ほぼ全員が略奪品で簡易的に武装しており、体躯はセノンより小さいものもいればカイオより大きいものもいる。
一匹一匹は大したことはないが、悪知恵が働き数も多いのが厄介だ。
今確認しただけでも二十匹以上はおり、ギャーギャーとこちらには分からない言葉で騒いでいる。
「私はいつでもいけます。初手は八割で」
「分かった。じゃあ行こう」
セノンは軽い調子で告げると、勢いよく茂みから飛び出した。
そのまま、鬼人の群れに突撃を仕掛ける。
十数メートルの距離を強化された身体能力で駆け抜け、数秒で肉薄した。
突如飛び込んできたセノンに気付き、鬼人たちは浮足立つ。
だが、すぐに殺意を滾らせ迎撃の姿勢をとった。
セノンはその中で反応の遅れた一匹に狙いをつけ、飛び込んだ勢いのままに剣を叩きつける。
まともに防御できなかったその一匹はあっさりと腹を裂かれ、崩れ落ちた。
まず一匹。
「グガァ!!」
「ゲギャ!!」
十匹以上の鬼人が、たった一人のセノンを囲んで袋叩きにしようと押し寄せる。
それをセノンはまともに相手取らず、下がりながらいなす。
そして押し寄せる鬼人の数が対応出来ないほどに増えたところで、突如脚力任せに数メートル真横に跳んだ。
鬼人の群れがそれを追いかけようとしたところで――セノンが下がり続けた方向から、一メートルほどの火球が撃ち込まれた。
火球はまったく警戒していなかった鬼人の群れに直撃し、炸裂。
爆炎の中に何匹もの鬼人が飲み込まれた。
「八、いや七匹ですか。上々ですね」
木陰から姿を現し、火炎魔法を放った直後のカイオが仕留めた数を呟く。
爆炎が晴れ、熱波が周囲に吹き荒れる。
火球の直撃、あるいは爆炎をまともに浴びた鬼人は、体の一部を吹き飛ばされたり焼け焦がせたりしている。
そいつらは地に伏しもはや動かない。
魔力で構築された炎は例外を除き大きく燃え広がることはないが、鬼人を焼き殺すには十分な火力だ。
そして幸運にもギリギリで致命傷を受けなかった鬼人が、カイオの姿を認めた瞬間…その鬼人は熱波の真っただ中に飛び込んできたセノンに、頭の上半分を切り飛ばされた。
そのままセノンは、爆炎の衝撃から抜け切れていない鬼人を次々に切り伏せる。
影響の少なかった鬼人が慌てて体勢を立て直すまでに、五匹を仕留めていた。
傷一つ負っていないセノンは、急激に数の減った鬼人の群れに一気に切り込む。
「最初に大型魔法でまとめて魔獣の数を減らす」のは術師がいる対多数戦闘での常套手段だが、二人の連携は明らかに練度が高かった。
最大数を魔法に巻き込めるようセノンが魔獣を相手に立ち回り、そこにカイオが最適なタイミングで魔法を放つ。
さらにセノンはその優れた聴覚で魔法の飛来を見切り、強化された反射神経を駆使してギリギリで躱す。
この連携のおかげで、簡単に魔獣の虚を突いて魔法を叩きこむことが出来ていた。言葉も合図も必要ない。
さらにカイオの魔法の規模、影響時間を完璧に把握することで、魔法の余波が抜け切らないうちに追撃を仕掛けることも出来る。
対多数は、この二人にとっては何ら問題になるものではなかった。
(お…?少しは頭が働くんだな)
セノンがまた一匹斬り殺したところで、残った鬼人たちは二手に分かれた。
そして、セノンを大きく迂回しながらカイオに向かう動きを見せる。
固まり魔法の的になるのを避けたのに加え、目の前のしぶとそうな剣士より、後方から高火力を放つ術師を狙うことにしたらしい。
(でもそれは、いい手じゃない)
セノンは迷わず、一方の群れに立ち塞がる。
それを見て、もう一方の群れは散開しつつ全速力でカイオの元へと向かう。
動き出した瞬間、不幸な一匹が火球の直撃を食らい炎上した。
しかしその犠牲のおかげで残りの数匹はカイオの元へ辿り着き、その頭を砕くべく各々の武器を振りかぶった。
だがそれが振り下ろされるより早く、抜剣されたカイオの洋剣が一匹の首を刎ね、さらにもう一匹の心臓を刺し貫いていた。
「術師は近づいてしまえば簡単に殺せる、というのは浅慮ですね」
残る二匹に洋剣の切っ先を向けながら、カイオは涼しげに佇む。
一般的な術師の弱みは、カイオには当てはまらない。
向き合う群れの数を同じく残り二匹まで減らし、セノンは僅かに緊張を緩めた。
カイオもセノンも、片手の指程度の数の鬼人なら単独で容易く殲滅できる。
圧倒的な数の暴力をもって挑まないのは、自分たちに対しては悪手だ。
しかしそこで、ずっと聞こえていた音が変質するのを、セノンの聴覚が捉えた。
「カイオ、気付かれた!あれがこっちに来る!」
「では、急がないといけませんね」
言いながら、カイオがさらに一匹の喉を切り裂く。
まもなく、少し離れたところからずっと微かに聞こえていた重い音が、こちらに近づいてくるのがカイオにもはっきりと分かるようになった。
そして数十秒の後に、巨大な影が視認出来るようになる。
邪魔な木々をなぎ倒しながらの、暴力的かつ威圧的な接近だ。
その正体は、特異的大型鬼人。
繁殖力の高い鬼人において、時折生まれる特殊な個体だ。
身の丈は約三メートル半。
一般的な鬼人の倍以上の体躯を誇り、腕や足、首もそれに伴い大きく太い。
この大型種が、今回の討伐のメインターゲットとなっていた。
二人はこの森を時間かけて探索し、早くからその存在を確認していた。
しかし、大型種と多数の鬼人の群れを同時に相手取るのは危険と判断。
そのため、群れから大型種が離れるまで待ち、隙を狙って奇襲を仕掛けていた。
気付かれる前に群れを殲滅させることにはほぼ成功したものの、大型種の周囲には取り巻きの鬼人たちがまだ十匹以上いた。
「セノン様、大型種を狙ってください!取り巻きはこちらに通してしまって構いません!」
「分かった!」
最後に残っていた一匹を放置し、セノンは指示通り大型種に向かって駆けだす。
先行していた取り巻きがセノンの行く手を阻もうとするが、後方から飛来した小型火球の炸裂がそれを制した。
セノンはそのまま取り巻きの横を抜け、時折片手間に切りつけながら大型種へ向かう。
その後もセノンの邪魔になる、あるいは後ろからセノンを挟撃しようとする鬼人はことごとくカイオの火炎魔法で妨害を受ける。
すでにセノンが放置した一匹も、カイオに首を刎ねられていた。
セノンは一度も振り返ることも立ち止まることもなく、鬼人たちの間を抜ける。
すれ違いざまに大きな隙を晒したものだけ仕留め、それ以外は手傷を負わせるにとどめた。
やがて大型種のところまで辿り着く…その瞬間、叩きつけられた大型種の腕を飛びのいて躱す。
続けて振り回されたもう一方の腕も、セノンは余裕を持って回避した。
周囲の鬼人は、巻き込まれないよう慌てて距離を取る。
「グオォォッ!!」
「…そこだっ!!」
大振りの隙を縫って懐に潜り込み、無防備な腹に思いきり斬撃を叩きこんだ会心の一撃。
しかし、分厚い皮膚と頑丈な筋肉は刃の侵入を許さず、浅く肉を裂くだけに留まった。
「な、硬すぎ…!?」
ダメージを一切気にすることなく腕を振り回してくるのを慌てて避け、今度は体重を支える軸足に斬撃を見舞う。
しかし得られる結果は同じで、大型種に些かの痛痒も与えることが出来ない。
皮膚の厚さや肉体の頑強さは個体差が存在するが、この個体はかなり硬い。
かといって致命傷を狙える首や頭を狙おうにも、位置が高すぎる。
「ダメだカイオ!僕の剣だと、こいつを殺せそうにない!カイオの魔法で…!」
「仕方ありません、少し時間を稼いで下さい!とにかく、そいつを抑えて!」
大型種から距離を取り、カイオに向かって叫ぶ。それに対して返ってきた返事はシンプルだ。
強力な魔法ほど、長時間足を止めて集中・構築を行う必要がある。
それを終える前に、大型種がカイオを狙い始めたら不味いことになる。
だから、カイオがそう言うのは分かるのだが…セノンはカイオの無茶な要求に、つい顔をひきつらせた。
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