とある男の恋愛遍歴②

 前回に引き続き、ベンヴェヌート・チェッリーニの恋愛話です。


🗡️月夜の惨劇

 例の飲み会から数日後、チェッリーニは元カノのパンタッシレーアが新恋人のルイジ・プルチといちゃつきながら自分の悪口を言っているのを聞いてしまいました。


 女が誰と寝ても別にいいが、侮辱されるのはプライドが許さない。短剣をつかんでずかずか乗り込んでいくとパンタッシレーアは教会に助けを求め、ルイジは馬で逃げ去った。


 腹の虫がおさまらず、ほっつき歩くチェッリーニ。月が煌々と照り、空には星がまたたいていた。


 暗がりから、心配してついてきた画家のバッキアッカが現れる。「頼む、彼女を傷つけないで」

チェッリーニは怒鳴った。「消え失せろ」


 そのとき、パンタッシレーアと寄り添って歩くルイジ・プルチの姿を月が照らし出す。よせばいいのに、彼は女の耳に唇を寄せて囁いた。


「キスさせてくれ、あのベンヴェヌートの野郎を笑いものにしてやりたいから」


 チェッリーニは「貴様ら皆殺しだ!」と叫んで茨の繁みから躍り出た。しゃがんで脱糞していたらしいバッキアッカがズボンを降ろしたまま逃げていき、ルイジの用心棒も巻き込んであたりは血まみれの大混乱。


 ルイジはこの騒ぎで軽傷を負いました。自伝によれば、彼は怪我が治ったあとパンタッシレーアに会いに行き、落馬して死んでしまったそうです。


💗黒魔術の導き

 チェッリーニはシチリア生まれの娼婦アンジェリカと恋仲になります。駆け落ちしたいほど惚れていましたが、ある日訪ねて行くと家は無人。


 娘に悪い虫がついたのを察知した母親が、彼女を連れて密かに町を出てしまったのでした。


 チェッリーニは半狂乱で捜しますが、行方はわからずじまい。自暴自棄になって他の女をナンパしてやりまくっていた時、ひとりの司祭と知り合います。


 この司祭は黒魔術師でした。


 チェッリーニは興味本位で儀式に参加し、何か願いごとをするよう言われます。もちろん彼の望みはただひとつ。


「アンジェリカに会いたい」


 すると現れた霊が言った。

「1カ月以内に叶うであろう」


 コックリさん的な何かでしょうかね。

 しかしアンジェリカからは何の音沙汰もありません。やはり黒魔術なんてインチキだったのです。


 そうこうするうち、彼は喧嘩相手に重傷を負わせてナポリへ逃げるはめになります。道の途中で宿屋を営む男と知り合い、ふとしたきっかけでアンジェリカのことを話しました。


「シチリア人の母娘おやこを捜している。娘はアンジェリカというのだが」と言うと、なんと「2、3日前にそういう二人が近所に越してきたなあ」と宿屋の男が言うではありませんか。


 かくしてナポリに着くと、そこにアンジェリカが。再会し、愛を確かめ合う二人。歓喜のさなか、彼はふと思い出します。その日がまさに霊の言った1カ月後であったことを。


 黒魔術まで登場するアンジェリカとの物語、どこまで真実かは分かりませんが読ませます。この『自伝』をチェッリーニは仕事しながら口述筆記で徒弟に書かせたというから凄いです。



💥イタリア式VSフランス式

 40歳を過ぎる頃、彼はフランス国王の庇護を受けてパリで暮らしていました。家にはカテリーナというモデル兼家政婦の女と、イタリア人の同居人パゴロがいます。


 チェッリーニはこのパゴロを信用せず、カテリーナが自分以外の男の子供を身ごもったら嫌なので「お前、彼女に手を出すなよ」と釘を刺しておきました。


 しかし二人がまさに事に及ぼうとしているところを見つけ、剣を抜いて家の中を追いかけ回す。


 後日、カテリーナはチェッリーニを告訴しに弁護士を訪ねた。すると弁護士は「イタリア式」で彼と性交したと法廷で言えば有罪にできるとアドバイスした。


 イタリア式とは、自伝によるとやり方を意味しました。私何のことだか分かりませんけど。


 かくして法廷バトルの幕が切って落とされる。


判事「カテリーナ、ベンヴェヌートとの間に起きたことを話しなさい」


カテリーナ「はい。彼は私とイタリア式に性関係をもちました」


判事(チェッリーニのほうを向き)「カテリーナはこう申し立てているが」


チェッリーニ「私がイタリア式に交わったなら子供をつくりたいからでしょう。あなた方と同じです」


判事「彼女は君が子供をつくる以外の部位で交わったと言っているのだぞ」


チェッリーニ「それはイタリア式ではない。むしろフランス式でしょう、彼女が知っていて私が知らないのであれば」


 チェッリーニは彼女に「イタリア式」とやらは何かを説明するよう要求する。これが作戦でした。まんまと罠にはまった娘がイタリア式について具体的に述べると、彼は逆にカテリーナが有罪に値すると主張した。


「そんな罪深い方法で交わったなら、火炙りがふさわしいではないか」


 娘は泣き出し、判事は口ごもる。チェッリーニは勝ったと判断し、混乱する法廷から大手を振って出て行った。


 カテリーナとの関係はこれで終わらず、なにやら執着とサディズムが入り交じったものになっていきます。


 彼はカテリーナがパゴロと一緒に住んでいる家へ押しかけ、剣を突きつけて「悪ふざけで」二人を無理やり結婚させました。

 その後は「亭主への復讐として寝取ってやり」、ナイスバディの彼女を裸にして何時間もモデルをやらせた。つらいポーズをとらされて苦しむカテリーナを見るのが愉悦だったそうで。口答えされれば殴り、仲直りするという奇妙な関係をしばらく続けたあと、チェッリーニは彼女を「完全に追い出した」。



 *



 大勢の美男美女を愛したチェッリーニも、跡継ぎ息子ほしさに62歳でついに結婚。相手は家政婦としてフィレンツェの家で雇っていたピエラ・ダ・パリージです。それ以前にもパリとフィレンツェでできた婚外子が3人おり、ピエラとの間に生まれた子は5人。凄い爺さんです。子供たちの養育もあって最晩年は貧窮しましたとさ。おしまい。

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